共産党の講義にへずまりゅう氏が謝罪をしない姿勢を貫く「これはへずまが正しい」「税金で食ってるなら寝るなよ」「国家を歌わないならやめろ」SNSで議論勃発

へずまりゅう

奈良市の消防出初式という公的な場で起きた、国歌斉唱をめぐる一件が大きな論争を呼んでいます。

国歌斉唱中に起立せず、居眠りしていたとされる共産党県議と、それをSNSで晒し「奈良から出て行け」と強い言葉で批判した市議、問題は一体どこにありどちらの行動がより問題視されるべきなのでしょうか?

この騒動は、単なる好き嫌いの話ではなく、政治家の品位や言葉の責任、そして民主主義の根幹に関わるテーマを私たちに突きつけています。

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公の場での居眠りと「出て行け」発言――どちらも問われる政治家の品位

Via|X「へずまりゅう/@hezuruy」公式より引用

国歌斉唱は法的に義務ではありませんが、式典に招かれた来賓として最低限の態度が求められる場面でもあり、仮に事実として居眠りしていたのであれば、それは思想信条以前に「公の場でのマナー」として疑問を持たれても仕方がありません。

市民の代表である議員が式典中に眠っている姿は、行政や行事に対する敬意を欠いていると受け取られても無理はないでしょう。

一方で、奈良市議のへずまりゅう氏の対応も決して擁護できるものではありません。

問題行動を指摘すること自体は政治家として許される範囲だとしても、「日本が嫌いなら奈良から出て行け」といった、排除的な言葉は批判の域を超えています。

これは共産党県議の山村さちほ氏個人への攻撃であると同時に、憲法が保障する思想・良心の自由を否定する表現と受け取られかねません。

実際、日本共産党奈良県委員会が抗議文で指摘した点も、法的・制度的には一定の妥当性があります。

結局のところ、この問題は「どちらか一方が絶対的に悪い」という単純な話ではなく、式典中の居眠りという軽率な行動と、それを過激な言葉で断罪したSNS発信の双方に問題があります。

本来、政治家に求められるのは、感情的な言葉の応酬ではなく、市民の信頼を損なわない冷静な対応です。

あなたはこの問題について、どう思いますか?

SNSの反応は

「日本愛がないなら、日本の議員やめろ」

「日本のために働かない議員はいらない」

「共産党に投票してる連中も同罪」

「へずまやりすぎ」

「思想の問題もあるけど、普通に礼節の問題だよ」

「国歌が終わって起きるのマジでご都合かよ!やめちまえ」

「こんな老人が議員やってるから日本が腐るんだよ」

「もう山村さんやめたら?」

「抗議じゃなく謝罪だろ?」

「へずまの成長が楽しみ」

「なんでこんな人が当選するの?」

「へずま過激すぎない?」

「奈良県民の声聞こえてるのか?」

など、多くの反響の声が寄せられています。

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