あなたの家にも、かつて「ルンバ」が床を掃除していたことがあるのではないでしょうか?
そんな家庭用お掃除ロボットの代名詞とも言える存在が、いま破産寸前だという衝撃の事実をご存じですか?
全盛期には業界トップを誇ったiRobot社が、なぜここまで追い込まれてしまったのか…。
今回はその「理由」とについて掘り下げます。
iRobot社とルンバの黄金時代

iRobot社は、1990年にアメリカで創業されたテクノロジー企業で、当初は軍事・捜索用ロボットの開発を行っていました。
防衛分野での実績を積み重ねたのち、2002年に登場したのが、世界初の量産型家庭用ロボット掃除機「Roomba(ルンバ)」です。
このルンバの登場はまさに革命で、掃除という面倒な家事から解放してくれる製品として、一躍人気商品となりました。
特に日本では「お掃除ロボットといえばルンバ」という認知度が定着し、テレビCMや量販店のデモ展示などを通して一般家庭にも広がっていきました。
しかも、iRobotはルンバを継続的に進化させ続け、初期モデルでは手動で操作していたものが、数年後にはスマートフォンでの連携やマッピング機能、スケジュール設定、自動ゴミ収集といった機能が追加されていきます。
その結果、全世界での累計販売台数は4000万台以上に到達し、家庭用ロボット市場のトップ企業としての地位を確立しました。
この時代、ルンバは「高性能・高信頼・高価格」というプレミアム家電の象徴として、多くの家庭に迎え入れられたのです。
アマゾン買収失敗と戦略ミスの連続
iRobotの衰退に拍車をかけた大きな要因が、Amazonによる買収の失敗です。
2022年、Amazonはスマートホーム戦略の一環としてiRobotを約17億ドル(日本円で約2500億円)で買収することを発表。
iRobotにとっては資金調達・技術連携・販路拡大の3拍子がそろった大型提携のはずでした。
この買収発表を受け、iRobotは「近い将来、Amazonの傘下になる」と予想し、経営リソースの再編と事業拡大路線を進めます。
具体的には、マーケティング費用の増加、新製品開発への投資、人員再配置や一部リストラを伴う組織改編など、将来を見据えた積極策に出たのです。
ところが、事態は急変します。
欧州連合(EU)やアメリカの反トラスト当局が「競争を阻害する恐れがある」としてこの買収を審査、そして2024年1月Amazonは正式に買収を断念したのです。
この一連の流れがiRobotにとって致命傷となりました。
買収を前提に借入やコストを増やしていたため、計画が頓挫した結果、資金繰りが一気に悪化。
実際に2023年末の決算では、売上が前年同期比44%減、損失は7710万ドルと大赤字を記録し、「今後12カ月以内に事業継続が困難な可能性がある(going concern)」とする異例の発表にまで至っています。
また、過去には安定収益を生み出していた軍事ロボット部門を2016年に売却し、ルンバ事業に一本化したことも裏目に出ました。
これにより、事業の収益源が限られ、一つの市場での競争激化が経営全体を直撃する構造になっていたのです。
市場シェアの喪失とブランド力の低下
技術とブランドの両輪で業界を牽引してきたiRobotですが、ここ数年はその両方において陰りが見えはじめています。
まず、外部環境の変化が急激で、中国メーカー(Roborock、Eufyなど)が、ルンバより安く、かつ高性能な製品を続々と市場に投入してきたのです。
彼らの多くは、吸引と水拭きの両方に対応し、自動ゴミ収集機能も備えたモデルを、ルンバより数万円安い価格帯で販売、コストパフォーマンスを重視する層に爆発的に支持されました。
一方で、アメリカのSharkやイギリスのDysonといった老舗ブランドも、ロボット掃除機市場に本格参入し、それぞれ独自の付加価値を武器に顧客を獲得しています。
この結果、かつて「ルンバ=信頼の証」だったブランド価値は徐々に薄れ、SNSやレビューサイトでも「昔ほどすごくない」「他にもっと便利なのがある」という声が目立つようになります。
さらに、社内の技術開発体制も弱体化していき、Amazon買収を見越した組織改編のなかで従業員の約半数をリストラしていたことが、結果として新技術の導入スピードを鈍らせてしまったのです。
従来のような先進的なイメージは影を潜め、現在では「ちょっと高いけど、性能は普通」という印象すら持たれがちになりました。
また、コロナ禍での「おうち時間」による一時的な需要増もすでに一巡し、景気回復とともに消費者が財布の紐を締めたことで、高価格帯のロボット掃除機は「後回しにされる家電」になりつつあるのが現状です。
まとめ
iRobot社のルンバがかつて築き上げた栄光は、間違いなくテクノロジー業界における成功の象徴です。
しかし今、同社が直面している危機は、過信と時代の変化に乗り遅れたことの代償とも言えます。
それでもルンバという名は、今なお多くの人の記憶に残るプロダクトであり、再起のチャンスが完全に失われたわけではありません。
今後、新たなパートナーとの連携や事業再編を通じて、再び私たちの生活に「お掃除革命」をもたらしてくれることを願いたいところです。
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