数年前まで、欧州の自動車メーカーは声を揃えて「まだハイブリッド?ガソリン車? 今はEVの時代だろう」と、トヨタを時代遅れと批判していました。
中でもドイツのアウディはその象徴的存在として、2033年までに全車種をEV化するという方針を打ち出したのです。
しかし、その強気な戦略が今、崩れ去ろうとしています。
今回は、EVにすべてを賭けたアウディと、柔軟な全方位戦略で勝利を掴みつつあるトヨタの明暗を深掘りします。
EVへの一本化へと突き進んだ「アウディ」

2020年以降、欧州を中心に環境規制が一気に厳格化します。
EUは2035年までにCO₂排出ゼロ車(ZEV)のみを新規販売可能とする法案を推進し、欧州メーカーには実質的なEV化が求められました。
アウディはこれに応じ「脱炭素社会のリーダーになる」として、2033年までに全モデルをEVに切り替えるという大胆な戦略を発表します。
従来のガソリン・ディーゼルエンジン車の開発は2025年に終了予定とされ、巨額の投資をかけてEVへのシフトを加速しました。
狙いはもちろん、EV市場の先駆者としてトヨタを含む他社自動車メーカーを出し抜くことです。
当時、アウディやBMW、メルセデスベンツなどは、トヨタの「ハイブリッドを含む多様なパワートレイン戦略」を「方向性が曖昧」「時代に逆行」と揶揄していました。
アウディのEV戦略は失敗したのか?
アウディのEV戦略は、現実の市場では想像以上に厳しいものでした。
インフラ整備の遅れとユーザーストレス
都市部では充電ステーションが整ってきたものの、郊外や地方では未整備な場所が多くあります。
さらに冬場の寒冷地では、バッテリー性能が30〜40%も低下するケースが多く、長距離移動のユーザーから不満が続出しました。
加えて、限られた充電ステーションには長時間の待ち行列も発生し、ガソリン車より充電効率がはるかに劣る結果になったのです。
バッテリー技術の限界
EVのコア技術であるバッテリー開発は、予想より進歩が遅れました。
とくにリチウムイオン電池の充電時間、容量、寿命の問題がネックとなり、消費者の期待に応えられなかったのです。
また、数年でバッテリーのリセールバリューが下がることにより、中古市場での価値も大きく低下しました。
中国市場での敗北
アウディが最も頼りにしていた中国市場では、BYDをはじめとする地場EVメーカーが台頭しました。
BYDは独自の「ブレードバッテリー」を開発し、同スペックのEVをアウディの半額以下で販売、アウディは価格競争に完敗しシェアを急激に失います。
さらに、コバルトやリチウムなどの原材料価格の高騰が重なり製造コストも上昇、結果としてEVは富裕層の車となり、中間層には手が届かない価格帯に押し上げられてしまったのです。
トヨタの全方位戦略が再評価されている理由
一方、トヨタはEV市場への参入を急がず、ハイブリッド車(HV)を軸とした多様なパワートレインを展開、EVも水素自動車(FCEV)も同時に研究・開発を続け、市場動向に柔軟に対応できる「全方位戦略」を取ってきたのです。
当初は「方向性が定まっていない」「遅れている」と批判されたこの戦略でしたが、トヨタは2024年度に過去最高益を更新し販売台数も好調です。
中古市場でのハイブリッド車の人気も高く、アウディのEV戦略との差が明確に出てきています。
また、トヨタはすでにバッテリーEV向けに全固体電池の実用化に向けた大規模投資を進めており、将来的なEV戦略も確実に見据えています。
そんな中、アウディだけでなく、BMWやメルセデス・ベンツも当初はEV一本化を掲げていましたが、ここにきて方針転換が相次いでいます。
- BMWは内燃機関車やハイブリッドの再評価を宣言
- メルセデスもEV以外の選択肢を今後も残す方針に変更
一部メディアでは、「トヨタを真似し始めた」と報じられるほどです。
アウディも内部では方針見直しの議論が行われているとされ、EV一本化戦略からの部分的撤退が現実味を帯びていると言われています。
まとめ
アウディのEV戦略は、決して無謀だったとは言い切れません。
環境問題への積極的な取り組みという点では評価されるべき部分もあります。
しかし、インフラ・価格・消費者ニーズといった「現実」とのギャップを読み誤ったことで、大きな代償を払うことになりました。
一方で、トヨタの全方位戦略は、時代遅れどころか時代を先読みした堅実な選択肢として今再評価されています。
脱炭素が叫ばれる今、重要なのは理想論ではなく現実に即した持続可能な戦略。
アウディはこの先、どのように舵を切るのか? 世界の自動車業界は今、大きな分岐点に立たされています。
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