タクシーに乗ったとき、「なんだか静か」「排ガスの臭いがあまりしない」と感じたことはありませんか?
実はそれ、車が「ガス(LPG)」で走っているからかもしれません。
ガソリン車や電気自動車が広がる中、日本のタクシーの約9割はいまだにLPガスで走行しているという驚きの実態があります。
なぜ、ガスにこだわるのか?そこには、合理性と歴史、そして今後に関わる深い理由が隠されているのです。
燃料コストとエンジン寿命、選ばれ続けるガスの合理性

まず、タクシーがLPガス(液化石油ガス)を使い続けている最大の理由は「経済性の高さ」です。
タクシーは一般車に比べて圧倒的に走行距離が長く、1日に100〜300kmを走行するのが当たり前で、これを1年続ければ軽く10万kmを超えることもあります。
だからこそ、燃料代の差は経営を左右する重要なポイントになるのです。
2025年現在、ガソリンの平均価格は1リットル約190円前後、一方でLPガスは約130円と、1リットルあたり60円近い差があります。
これが積み重なると、1台あたり年間数十万円単位で燃料費に違いが出るのです。
大手タクシー会社では数百台以上を運用していることも多く、このコストメリットは非常に大きな武器になります。
さらに、LPガスは燃焼時のカーボン(スス)発生が少なく、エンジン内部が汚れにくいという特性を持っています。
その結果、エンジン部品の摩耗が抑えられ、エンジン寿命が長くなる傾向にもあります。
年間数万kmを走るタクシーにとって、整備費用の抑制と稼働率の維持は非常に重要であり、「長く使える」という点でもLPガスは圧倒的に有利なのです。
排ガス規制と都市環境、走らせられる車が限られている現実
日本の大都市では、自動車に対する排出ガス規制が年々厳格化しています。
東京都をはじめとした自治体では、一定の基準を満たさない車両はタクシーとして新規登録ができなかったり、走行エリアに制限がかかるケースもあります。
こうした中でLPガス車は、ガソリン車やディーゼル車に比べて一酸化炭素や窒素酸化物などの有害物質の排出が少ないため、排ガス基準をクリアしやすく、「環境に優しい車両」として今も選ばれているのです。
また、タクシーは公共交通の一翼とみなされることから、環境性能の高さはイメージ戦略にもつながるという側面もあります。
さらに、国や自治体による補助金制度もLPガス車の導入を後押ししてきました。
これらの政策的支援もあって、長年にわたりガス車が安全な選択肢として業界に根付いているのです。
1970年代以降、日本のタクシー業界ではトヨタや日産がタクシー専用のLPガス車(クラウン・コンフォートなど)を多数供給してきました。
これにより、整備士の技術も、部品供給網も、LPガススタンドも、すべてガス前提で作られてきたのです。
たとえば、地方都市や郊外では「ガススタンドがある=ガス車が使える」という前提で営業所の運用が設計されており、今さらEVやガソリン車に全車切り替えるには莫大な設備投資と人材再教育が必要となってしまいます。
また、長距離運行を前提とするタクシーにとって、「電気自動車は航続距離や充電時間に難がある」「ガソリン車は排ガス規制を満たしにくい」「整備面でのトラブルが多い」といった現実的なデメリットも指摘されています。
つまり、タクシー業界は「ガスに最適化された社会システム」の中で動いているともいえるのです。
変化の波と今後、ガス車は本当に消えるのか?
とはいえ、時代は着実に変わってきています。
トヨタが提供する「JPN TAXI」は、LPガスとハイブリッド技術を組み合わせた車両で、今では全国で広く導入されています。
以前のクラウン・コンフォート型のタクシーは次々に引退しつつあり、新しいガス車へと進化しているのが現状です。
また、個人タクシーではプリウスやアルファードのハイブリッド仕様が増えており、一部のハイヤー・観光業界ではEVタクシーも台頭し始めています。
とはいえ、ガス車が完全に消える気配はまだありません。
なぜなら、先述した経済性・環境性能・整備インフラ・運用実績のバランスが依然として最も安定しているのがガス車だからです。
一方で、新たに製造されるガス車は現在では「JPN TAXI」が中心となっており、従来のセダン型LPガス車は既に生産終了しています。
今後はガス車の中でも、より環境性能と燃費を両立させたハイブリッド型がスタンダードになっていくと考えられるでしょう。
まとめ
タクシーが未だにLPガスで走る理由は、決して「昔からそうだから」ではありません。
それは、燃料費の削減・エンジンの長寿命・環境性能の高さ・整備体制の安定という、きわめて現実的な判断の積み重ねによって生き残ってきた選択なのです。
もちろん、将来的にはハイブリッドやEVタクシーが主流になる可能性は高いでしょう。
ですが、それでもなお「ガスで走るタクシー」が残る背景には、日本の都市構造や整備体制、そして現場を重視する文化が色濃く影響しているからですね。
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