マルちゃんと聞けば、多くの日本人にとってインスタントラーメンを思い浮かべると思います。
しかし今、マルちゃんラーメンが、アメリカのとある場所で「通貨」として使われているのです。
しかも、単なる食料としてではなく、経済を動かす交換媒体としての役割まで担っているのは驚きです。
なぜ日本の袋麺が、海の向こうの国で貨幣のように価値を持つのか?その理由と背景を、解説していきます。
通貨になった袋ラーメン

アメリカの刑務所では現金の持ち込みは禁止されているものの、囚人たちは刑務所に預けたお金を使って、週に1度の「購買日」に食料や日用品を注文できます。
食品や日用品の一覧が記された紙から商品番号を選び、マークシート形式の用紙に記入して提出、注文したものは数日後に房内へと届く仕組みです。
しかし、2010年代以降、刑務所における慢性的な予算削減が進み、配給される食事の質が著しく低下、味気ないメニュー、栄養バランスの悪さ、量の不足…そんな中で、受刑者にとって唯一の楽しみは「自分で買った食べ物」になっていきます。
そこで圧倒的な支持を集めたのが、日本の「マルちゃん」袋ラーメンです。
50セント未満で買える低価格ながら、味・腹持ち・保存性に優れ、しかもバリエーションが豊富、お湯さえあれば作れるだけでなく、スナック感覚で砕いて食べたり、サラダやパンと合わせたりとアレンジ自在で、その汎用性の高さが刑務所内で絶大な価値を持つことになりました。
こうしてマルちゃんは、「食べ物」から「通貨」へと進化、物々交換やサービス提供の対価として扱われ、1袋あたり1〜2ドルの価値で取引されるようになります。
マルちゃんで回る刑務所内経済
刑務所の購買日になると、房内はまるでミニマーケットのような光景に変わります。
ベッドの上には手作りのアクセサリー、タトゥーの図案、花束、メモ帳、果ては「代筆業」までが並び、すべての通貨はマルちゃんです。
こうしたビジネスを通じて、受刑者は自らの技術や発想力で「マルちゃん資産」を蓄えることが可能となるわけです。
まさに、刑務所内のマイクロ経済がラーメンを軸に成立しているのです。
もちろん、そうした世界で暮らすには競争もあります。
特技や器用さのない者たちは、力のある受刑者に付き従っておこぼれに与ろうとするため、刑務所内のヒエラルキーや派閥形成にも影響を与えているとされています。
盗まれない信用通貨としての存在
驚くべきことに、そんな貴重なマルちゃんラーメンはほとんど盗まれません。
刑務所には窃盗犯や強盗も多数いるにもかかわらず、房内の持ち物にはある種の「不可侵のルール」が存在しています。
その背景にあるのは、「裏切り者」の烙印を押されることへの恐怖です。
盗みを働いた者は、集団の中で孤立し、暴力的な報復(リンチ)を受けるリスクが非常に高いため、たとえ食料が必要でも黙って奪うような行為はほぼ起きません。
しかし、その一方で施設備品の無断拝借は日常茶飯事です。
見つかれば没収されるものの、また別のルートで仕入れてくる…というイタチごっこも刑務所の日常風景の一部となっています。
海を越えたマルちゃん文化、メキシコで動詞になるインスタント麺
アメリカの刑務所だけでなく、マルちゃんはメキシコでも日常に深く根付いています。
現地では、マルちゃんの袋ラーメンが庶民の定番食品となっており、もはや「マルちゃん」という単語自体が「手軽にすぐできる」「簡単に済ませる」という意味のスラングとして使われるほどです。
なんと2006年のサッカーW杯では、メキシコ代表の速攻を「マルちゃん作戦」と呼んだという逸話もあるほど、「速さ」や「簡便さ」の象徴としてのブランド力を持っています。
このようにマルちゃんは、ただのインスタントラーメンではなく、言語・文化・経済にまで影響を与える現象にまでなっているのです。
まとめ
私たちが何気なくスーパーで手に取るマルちゃんの袋ラーメン、その一袋がアメリカの刑務所では通貨となり、メキシコではスラングとして人々の会話に登場します。
その価値は、社会の構造や人間の創意工夫によって、大きく変容するのです。
日本生まれの一品が、世界の片隅で生きる力として役割を果たしている現実を知ると、身の回りの何気ないアイテムにも新たな価値が見えてくるかもしれませんね…。
あわせて読みたい|マタイク(mataiku)