実は、見た目にはほとんど気づかれないまま、日本の国旗のデザインは1999年(平成11年)にひっそりと変更されていたんです。
では、なぜ、どこがどう変わったのか?その背景にはどんな事情があったのか?
今回は、意外と知られていない国旗の秘密に迫ります。
日の丸の「見た目」は同じでも、実は少し変わっていた

日本国旗は法律上で「日章旗」で呼ばれ、白地に赤い丸というシンプルなデザインで、一般的には「日の丸」として日本を象徴する国旗です。
しかし、1999年(平成11年)に施行された「国旗及び国歌に関する法律」によって、正式なデザインが数値で定義されることになったのです。
それまでの国旗は、実は統一された規格が存在せず、旗の製造元によって「赤丸の大きさ」や「位置」が微妙に異なる場合がありました。
たとえば、縦横の比率は7対10だったり、赤丸が中心からわずかに旗竿側にずれていたりするものもあったのです。
しかし、1999年からは、縦横の比率が「3分の2の長方形」に定められ、赤丸は旗のちょうど真ん中に配置されるように定められました。
さらに、赤丸の直径は縦の長さの「縦の5分の3で中心は旗の中心」されました。
つまり、見た目にはわずかな違いですが、国旗としてのデザインが法的に明確に決まったというわけです。
その背景にあった2つの理由
変更の一番の理由は、1999年に成立した「国旗及び国歌に関する法律」の施行にあります。
それまでの日章旗は、あくまで「慣例として使われてきたもの」であって、実は法的な裏付けがなかったのです。
そのため、正式な法律として国旗を規定するにあたり、きちんとサイズや配置を明文化する必要がありました。
特にオリンピックなどの国際的な舞台では、どの場面でも同じ国旗が使われなければ、国家のイメージとしての統一感が損なわれてしまいます。
だからこそ、あえて「微調整」ともいえるような細かなデザインの修正が行われたのです。
もう一つの理由は、国旗のデザインを通じて、国民に「正しい理解」を促したいという狙いです。
たとえば、旭日旗と日章旗を混同する人がいたり、日本の国旗の由来をよく知らないまま使っていたりするケースもありました。
そこで、この法制化のタイミングを活かして、学校教育を通じて「国旗と国歌に対する理解」を促進しようという動きが生まれました。
内閣府の公式サイトでも、「国際社会で必要とされるマナーを身につけ、尊敬される日本人として成長することを期待する」と明記されており、単なるデザイン変更以上の教育的意図が込められていたのです。
見た目はシンプル、だからこそ求められた「正確さ」
「白地に赤丸」、この一見とても単純に見えるデザインだからこそ、ほんの少しのズレや不統一が目立ってしまうという側面もあります。
国旗というものは、国を象徴する記号であり、海外においてもその国の「顔」となるものです。
だからこそ、サイズや配置を誰が見ても同じように再現できるようにすることが必要不可欠でした。
企業がブランドロゴを厳密に管理するように、国旗にも「統一性」と「信頼性」が求められます。
法律で明文化されたことで、製造業者は迷わず正確な国旗をつくることができ、国民も安心して使用できます。
そして何より、この変化が国旗への関心や理解を深めるきっかけとなったことが、大きな意義だったと言えるでしょう。
まとめ
私たちが日常的に目にする日本国旗は、実は1999年(平成11年)から正式にデザインが変更されていました。
この変更は、見た目だけでなく、日本人としてのアイデンティティやマナー、そして歴史への理解にもつながっています。
ほとんど変わってないじゃん!と思うかもしれませんが、そのほとんどの中にこそ、国家としての意思や教育的な配慮、そして国際的な整合性が込められていたのです。
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