世界屈指の土木技術を誇る日本、橋梁、ダム、高層ビル、すべてにおいて技術力の高さが評価されています。
しかし、ふと地図を見ると、日本のトンネルって、なぜか5,000mを超えるものが少なくない?と気づいたことはありませんか?
しかも、4999m、4998m…と、まるで意図的に5,000m未満にしているような長さのトンネルも目立ちます。
日本の技術力に限界があるわけではなく、実は5kmの「壁」がある理由があるのです。
5,000mの魔のライン

実は日本において、トンネルが5,000mを超えるか否かには、土木設計上の大きな意味があります。
そのカギを握るのが「危険物積載車両の通行規制」という制度です。
日本では、ガソリンや灯油、LPガスなどの可燃性物質を積んだタンクローリーや特殊車両が、5,000mを超えるトンネルでは原則通行できなくなる場合があります。
これは、道路法に基づいて「交通の危険を防止する」ために設けられたもので、長大トンネル内で火災や爆発事故が起きた際の被害を最小限に抑えることが目的です。
実際に規制違反で通行すると、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されることもあるため、事業者としてはトンネルの長さを5000m未満に抑える努力を重ねることになります。
その結果、道路・高速道には「4997m」「4998m」「4999m」といった、まるで計ったような長さのトンネルが複数存在しています。
例として挙げられるのは以下の通りです。
- 樽峠トンネル(中部横断道):4999m
- 新区界トンネル(岩手県):4998m
- 箕面トンネル(新名神):4997m
これらの数値が偶然でないことは、業界関係者なら誰でも知る「設計の常識」でもあります。
トンネル延伸にはカネとリスクが跳ね上がる
5,000mを超えるトンネルを造ること自体は、日本の技術水準から言えば決して困難ではありません。
事実、関越トンネル(11,055m)や飛騨トンネル(10,710m)、青函トンネル(53,850m)など、世界的にも類を見ない長大トンネルを完成させている実績があります。
しかし、これらのトンネルには共通している点があります。
それは、膨大な建設コストと長期の工期、そして高度な安全管理が必要になるということです。
特に日本の山岳地帯は、断層や地下水の多い複雑な地質構造が多く、トンネル掘削時には落盤や湧水事故のリスクが非常に高いのが特徴です。
長大になればなるほどそのリスクは指数関数的に増していき、事前の地質調査だけでも数年単位が必要になります。
さらに、長大トンネルには以下のような追加設備も求められます。
- 換気装置や煙の排出システム
- 非常用の避難通路や緊急停止帯
- 火災時の連絡網や防火シャッター
これらをすべてクリアするには、初期投資だけでなく維持管理の負担も跳ね上がるのです。
つまり、トンネルを5000m超で設計するという判断は、自治体や企業にとって本気の覚悟が必要な選択肢なのです。
災害や地形に応じた例外
ただし、この「5,000mの壁」にも例外は存在します。
たとえば、2016年の国土交通省による通達では、災害時に限り、一定の安全対策を講じれば危険物車両が長大トンネルを通行できるという特例が設けられました。
具体的には、「自治体などからの要請」、「前後に誘導車を配置」、「他車両と十分な車間距離を確保」などの条件を満たせば、関越トンネルなどの長大トンネルでもタンクローリーの通行が可能になることがあります。
実際、2020年の九州豪雨の際にはこの制度が適用され、エネルギー輸送のルート確保に貢献しました。
また、首都圏では新たな構造的アプローチも見られます。
たとえば外環道(千葉区間)では、全長10kmを超える地下区間があるものの、地上に開けたスリット構造を採用しており、危険物積載車も通行可能な設計となっています。
このように、トンネル構造や社会的要請に応じて、5,000mの壁を乗り越えるための取り組みは今も進化し続けているのです。
まとめ
日本のトンネルに5,000m超が少ないのは、決して技術が劣っているからではありません。
むしろ、安全性・コスト・規制対応を高い次元でバランスさせた、きわめて合理的な土木判断の結果なのです。
今後、新たなインフラ整備や災害対応が進む中で、この制約にどう向き合いどう乗り越えるか、日本の土木技術の進化は、まだまだ続いていきます。
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