広大な海を悠々と泳ぐクジラ、実は私たちと同じ哺乳類であり、肺で呼吸しています。
では、なぜ彼らはエラを持たずに、数千万年もの間、肺呼吸のままで海に適応できたのでしょうか?
今回は、クジラが水中で生きることを可能にした驚異の呼吸システムと進化の理由を紹介します。
クジラは魚ではなく肺呼吸を行う哺乳類

クジラは見た目こそ魚に似ていますが、分類上はれっきとした哺乳類です。
体温を一定に保ち、胎生で子どもを産み、母乳を与える点も私たち人間と共通しています。
最大の特徴は「肺呼吸」であり、背中の噴気孔から空気を吸い込みます。
呼吸の際はわずか数秒で古い空気を吐き出し、新しい空気の90%以上を取り込むことができます。
これは人間の10〜20%に比べて格段に効率的です。
種類によって潜水可能時間は異なり、シロナガスクジラなどは15〜30分、マッコウクジラは1時間以上も潜ることが知られています。
クジラは一度の呼吸で大量の酸素を取り込むだけでなく、それを貯蔵・節約・活用する能力を兼ね備えており、筋肉には「ミオグロビン」というタンパク質が豊富で、人間の数十倍の濃度を誇り、筋肉そのものが酸素タンクのように働き、泳ぎ続けるエネルギーを維持できます。
さらに潜水中は、酸素を脳や心臓などの重要な臓器に優先的に供給し、筋肉や消化器官などは一時的に酸素が少なくても耐えられる仕組みを備えているのです。
なぜエラ呼吸に進化しなかったのか?
祖先である陸上哺乳類が約4800万年前に水中生活を始めたとき、エラを持つ方向へ進化する可能性もありましたが、そこには大きな壁がありました。
まず、水中の酸素濃度は大気中の30分の1程度しかなく、呼吸効率が極端に悪いという問題があります。
さらに、海水を取り込み続けると体内に大量の塩分が入り、これを処理するには膨大なエネルギーが必要で、こうした環境的ハンデを考えると、「エラを新たに獲得する合理性はなかった」と言えるのです。
進化においては「中間段階でメリットがあるかどうか」が重要で。鳥の羽が保温のために生まれ、その後飛行能力につながったように、進化には段階的な利点が求められます。
しかし肺からエラへ変化する過程では、生存上の明確なメリットがなく、むしろ不利が大きかったため、クジラは肺呼吸を極限まで効率化する方向へ進化したと言われています。
肺呼吸を武器にした究極の海洋適応
結果として、クジラは肺呼吸を維持したまま、酸素の取り込み・貯蔵・活用の仕組みを最大限に強化し、海での暮らしに完全に適応しました。
魚類のエラ呼吸では実現できないほどの巨大な体と長時間の潜水能力を両立させたのは、この進化の選択が正しかった証拠とも言えます。
現代のクジラは、肺呼吸を維持しつつも海の覇者として君臨しています。
その姿は、進化が必ずしも「魚に近づく」方向ではなく、「哺乳類の特徴を活かして新たな適応をする」道を示す好例です。
肺呼吸を武器にしたクジラの進化は、自然界における柔軟性と合理性の象徴なのです。
まとめ
クジラは肺呼吸という制約を抱えながらも、酸素の効率的な取り込みと体内への貯蔵、重要器官への優先的な供給、さらには二酸化炭素や乳酸への耐性といった多彩な仕組みを進化させることで、海における究極の哺乳類となりました。
魚ではなく哺乳類としての道を歩み続けたクジラは、その進化の結果として、地球上で最も壮大な海洋生物の一つとなったのです。
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