「歌舞伎町」と聞くと、ネオンきらめく夜の街、エンタメの聖地、そして少しアンダーグラウンドな香り、そんな街の土台を築き、明治から昭和初期の日本経済を陰で支えた知られざる女傑がいたのを、ご存知でしょうか?
一介の質屋の娘として生まれ、後に巨万の富と政治・経済界への影響力を手にした彼女は、「土地を読む女」 も呼ばれた伝説的存在でした。
今回は、その波乱に満ちた峯島喜代(みねしま きよ)について紹介します。
峯島喜代がなぜ伝説となったのか?

峯島喜代が生まれたのは1833年、幕末の混乱が始まる頃の江戸で、質屋業を営む家の三女として育ちました。
当時はまだ女性が家業を継ぐなど考えられない時代でしたが、43歳で家督を継承し5代目当主なります。
ここから、彼女の伝説が動き出します。
喜代がまず目をつけたのが、明治政府が発行した紙くず同然の交付社債券です。
暴落した士族の秩禄公債を大量に買い上げ、急騰時に全て売り払って得た金で東京市内外の土地約20万坪を購入、地価高騰により利益を上げ遺産を20倍以上に増やしたのです。
なんと、現在の価値で600億円以上の利益を得たと言われています。
資金を得た喜代は、東京の土地を買い漁ります。
その中に、今の新宿・歌舞伎町一丁目にあたるエリアもありました。
当時は誰も目を向けない土地、しかし彼女は「この地がいつか東京の要になる」と確信、東京府の水道インフラ事業で発生した大量の土砂を活用し、湿地を埋め立てて町としての基盤を形成しました。
この開発が、のちに「歌舞伎町」の誕生につながります。
なぜ歌舞伎町と名付けられたのか?
戦後、歌舞伎町は空襲で焼け野原に…。
第二次世界大戦後の戦災復興計画で、歌舞伎の劇場を誘致する計画があったため、「歌舞伎町」と名付けられましたが、劇場自体は未完成のままです。
地名だけが残ったという少し切ない背景があります。
現在の歌舞伎町には、新宿東宝ビル、東急歌舞伎町タワー、そして実物大ゴジラヘッドまで現代のエンタメが溢れています。
けれどもその足元には、喜代が作った土地と文化が確かに存在しているのです。
渋沢栄一との深い信頼関係
渋沢栄一といえば、「日本資本主義の父」として知られ、第一国立銀行や東京証券取引所、日本郵船など、生涯で約500の企業と600の教育・福祉事業に関わった超大物実業家です。
その彼が、唯一頭が上がらなかった人物が、質屋出身の女性・峯島喜代でした。
第一国立銀行(現在のみずほ銀行の前身)は、1873年に渋沢栄一によって設立された日本初の商業銀行です。
しかし創業当初、資金調達が難航し銀行の運営は暗礁に乗り上げかけていました。
そこに手を差し伸べたのが喜代です。
彼女は、渋沢の理念と誠実さに惚れ込み、50万円(※当時の国家予算の約1/100)を貸し出したのです。
これは現在の価値に換算するとおよそ100億円以上とも言われる巨額です。
「この人なら、きっと世の中のためになることに使う」— 峯島喜代
彼女は、ただ儲けるための貸付ではなく、未来への投資としてこの巨額を預けたのでした。
渋沢は後年、周囲にこう語っています。
「私のことをお前さんと呼んだのは、喜代さんだけだった。不思議とそれが嫌ではなかった。むしろありがたかった。」
普段、非常に礼儀正しく「殿様気質」な渋沢が、唯一上下関係を超えて対等に接した存在、それが喜代だったのです。
彼女は、年齢も経験も渋沢より上、しかも明治維新の混乱期において、男性中心の商人社会を生き抜いてきた猛者、渋沢にとっては、どこか姉のような師のような存在だったのかもしれません。
教育にも熱心だった社会起業家
明治時代、女性の教育といえば、「良妻賢母」を育てるための道徳・裁縫・家事教育が中心でした。
高等教育を受けられる女性はごくわずかで、「実務」や「経済」を教える教育機関など皆無に近かったのです。
しかし峯島喜代は、こうした風潮に強い危機感を抱いていました。
彼女は単なる学問ではなく、女性が社会で自立し、働き、考える力を養う教育の必要性を説いていたのです。
晩年の喜代は、自身が開発した歌舞伎町の一部の土地を、東京府(現在の東京都)に無償で寄付、さらに当時としては破格の50万円相当の資金も提供し、こう言い残しています。
「この土地と資金を、女子のための学校に使ってほしい」
その志を受けて誕生したのが、現在の都立藤村女子高校(旧・東京府立第5高等女学校)へと受け継がれています。
まとめ
峯島喜代という女性は、表舞台に立つことなく、静かに、しかし力強く日本を動かしました。
彼女の名前は歴史の教科書には載っていませんが、その功績は渋沢栄一や大倉喜八郎らと並ぶレベルにあると言っても過言ではありません。
次に歌舞伎町を訪れたときは、ぜひ一歩立ち止まり、この土地を見つめてみてください。
華やかなネオンの奥に、喜代の静かな息遣いが聞こえるかもしれません。
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