地理の教科書では本州の真ん中、つまり長野県あたり、政治の中心なら東京、そんな当たり前を覆すような石碑が、青森県で見つかっていたとしたら…?
その石碑には、はっきりとこう刻まれていたのです「日本中央」、しかもただの後世の悪ふざけではなく、由緒ある伝説と歴史的背景まで存在するというから驚きです。
今回は、青森県に残された謎の石碑「日本中央の碑」と、それをめぐる奇妙な伝説の全貌に迫ります。
日本中央の碑が発見された驚きの経緯

1949年(昭和24年)、青森県上北郡東北町の赤川上流の湿地帯にて、地元の川村種吉さんが馬頭観音に祀る石を探していた際、ある巨石を発見します。
泥に覆われたその石を洗ってみると、摩耗しながらも確かに「日本中央」という文字が浮かび上がってきたのです。
高さおよそ1.5メートル、横幅約70センチの丸みを帯びた石碑は、その存在だけで全国的なニュースとなり、地域の有形文化財に登録されることになります。
なぜ東北地方の端、しかも果てとされてきた青森で「日本の中心」と彫られた石碑が見つかったのか?
この素朴な疑問が、やがて伝説へと姿を変えていくのです。
壺の碑の伝説と坂上田村麻呂の関係
この石碑が注目された理由は、単に文字が彫られていたからではありません。
実はこの地域には「壺の石文(つぼのいしぶみ)」という古来からの伝説が存在していたのです。
平安時代の武将・坂上田村麻呂は、朝廷から「征夷大将軍」に任命され、蝦夷の地へと2度にわたり東征を行いました。
その道中、彼が青森の地で石碑を残したという話が語り継がれており、それが「壺の石文」だとされてきました。
歌枕としても知られる「壺の碑」は、古今和歌集や後拾遺和歌集にも詠まれ、場所は分からないが「日本の果て」にあるとされてきた謎の石、この見つからなかった伝説の石碑が、昭和になって突如として発見されたのが、青森県の「日本中央の碑」だったのです。
さらに面白いのは、12世紀末の歌人・藤原清輔が『千載和歌集』の中で、田村麻呂が「日本の中央」と弓のはずで刻んだ、という逸話を記している点です。
つまり、「日本中央」という文字そのものが、実は古くから伝承に残されていた言葉でもあるのです。
なぜ青森が中央なのか?という問いに対する仮説
もちろん現代の常識では、青森県は日本の「北端」であり、中心とは言いがたい位置にあります。
ではなぜ、そのような場所に「中央」と刻まれたのか?
ここで登場するのが、日の下(ひのもと)という古語の意味です。
日本の国号の起源でもあるこの言葉は、「太陽の昇るところ=東の地」を指す概念でした。
朝廷があった畿内(近畿地方)から見て、東北地方は「日出ずる場所」であり、文化的・宗教的にも重要な意味を持つ土地だったのです。
また、日本書紀では、東国に「日高見国(ひたかみのくに)」があるとされており、蝦夷(えみし)の住む地域は独自の文化を持った勢力とみなされていました。
つまり、「中央」という表現は、地政学的な意味ではなく、文化圏・霊的中心という象徴として用いられた可能性があるのです。
また別の仮説としては、坂上田村麻呂が実際に到達できなかった地(青森)を理想の統治圏の中心と位置づけて刻んだというロマンチックな説も存在します。
この石碑は本物なのか?真贋をめぐる論争
日本中央の碑が発見された直後から、学者たちの間では真贋論争が巻き起こりました。
まず問題となったのが、文字の素朴すぎる筆跡です。
達筆には見えない、弓のはずで彫ったにしても不自然だ、という指摘がありました。
また、坂上田村麻呂の東征は岩手県あたりまでで、青森県にまで到達した記録は現存していません。
さらに、江戸時代には宮城県の多賀城で壺の碑では?とされた石碑が見つかっており、比較対象となっています。
こちらの碑文には724年と762年の年号が記されており、田村麻呂以前の時代のものであることから、別物とされましたが、石碑のありかを巡る混乱がこの時代からすでに存在していたことが分かります。
最後に決定的なのは、この石碑の表面が発見後すぐに過剰に清掃されたために、専門的な鑑定が困難になったという事実です。
これが、学術的な立証をさらに難しくさせているのです。
まとめ
青森県に実在する日本中央の碑は、ただの観光ネタやフェイクストーンではありません。
平安時代から伝わる「壺の碑」伝説と結びつき、坂上田村麻呂や蝦夷文化との関係、さらには日本という国号の根源的意味にまで迫る極めて奥深い存在です。
確かに、現代の日本地図を見れば、青森が中央とは言い難いでしょう。
しかし、歴史や文化、そして精神的象徴性の中で「何を中央とするか」は、時代や価値観によって揺れ動くものです。
この石碑は、そんな日本という国の成り立ちを考え直すきっかけを与えてくれる貴重な手がかりかもしれません。
真偽が判明していないからこそ、「もし本当だったら?」という想像が広がりますね。
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