Netflixの大ヒットドラマ『イカゲーム』、借金を抱えた人々が命を賭けて戦うその設定は、フィクションとはいえ異様なリアリティがあります。
その背景にあるのが、1970〜80年代の韓国で実際に起きた「兄弟福祉院事件」です。
社会の底辺とされた人々が国家の名のもとに強制収容され、暴力と搾取に晒されたこの事件は、実在したイカゲームと呼ばれるほどの残酷さでした。
今回はその真相と、世界各地で起きた同様の人権侵害について紹介します。
社会浄化政策が生んだ地獄の福祉施設
1970年代の韓国は、軍事独裁政権による「社会浄化政策」が進められていました。
街の景観や治安を理由に、ホームレス、障害者、孤児、さらには反政府的な学生までが秩序を乱す存在として取り締まりの対象となります。
この政策を制度的に裏付けたのが、1975年12月に制定された内部訓令第410号でした。
これにより、不労者保護を名目にした強制収容が合法化され、全国に数百の更生施設が設立されます。
その一つが、釜山にあった「兄弟福祉院(ブラザーズ・ホーム)」です。
表向きは社会福祉施設でしたが、実態は政府の支援を受けた強制労働所でした。
しかしその裏側では、福祉の名を借りた壮絶な人権侵害が繰り広げられていました。
番号で呼ばれ労働に追われる日々
施設には最大で約3,000人が収容されてたと言います。
家族には一切連絡されず、姿を消した人々は行方不明として処理されました。
入所するとすぐに頭を剃られ、番号のついた服を着せられました。
労働は1日10時間以上、食事は腐りかけた米がわずか1回だけ、暴力や性的虐待が日常化し、病気になっても治療は受けられませんでした。
冬は暖房もなく、凍死する者さえいたといいます。
韓国政府の調査では657人が死亡とされていますが、実際には1,000人以上が命を落とした可能性もあるといわれています。
さらに一部の遺体は、大学の医学部などに解剖用遺体として数百万円単位で売却されたとの証言もあり、倫理の崩壊が浮き彫りとなっています。
事件の発覚と軽すぎる罰
1987年、兄弟福祉院の実態が明るみに出ました。
調査では暴行・飢餓・性的暴力の証拠が見つかり、国内外で大きな衝撃を与えます。
しかし、当時の韓国社会はまだ軍政の影響下、事件は最小限に処理され、施設長は業務上横領罪のみで懲役2年6ヶ月という軽い刑罰にとどまりました。
驚くべきことに、刑期を終えた彼は再び福祉事業を再開、さらに現在ではその息子が関連法人の理事を務めているとされます。
長らく国家は責任を否定し続けましたが、2022年8月になってようやく国家権力による人権侵害事件として正式に認定、生存者への補償と謝罪が始まりました。
世界にもあったイカゲームの現実
このような福祉を装った強制収容は、韓国だけの問題ではありません。
世界各地でも似た事件が起きています。
- 岡山厚生館事件(日本)
1946〜1950年に岡山県で発生。収容者が監禁・暴行され、76人が死亡。戦後の混乱に乗じた強制労働施設でした。 - ウィローブルック事件(アメリカ)
1960〜70年代、知的障害児にB型肝炎ウイルスを意図的に感染させた実験が発覚。倫理を踏みにじる行為として全米に衝撃を与えました。 - ルーマニア孤児虐待事件(ルーマニア)
1980年代、国家政策による孤児院での虐待・ネグレクトにより数千人が死亡。冷戦崩壊後、世界中に実態が報じられました。
どの事件も共通しているのは、「弱者の命が制度の中で軽んじられる」という構図です。
まとめ
イカゲームは、直接的に兄弟福祉院事件を題材にした作品ではありません。
しかし、社会的に追い詰められた人々が生き残りをかけて戦う姿は、まさにこの事件を彷彿とさせます。
ゲームのように命を扱う社会は、遠い過去やフィクションの中だけに存在したものではありません。
兄弟福祉院事件は、人間の尊厳が国家や社会の都合でどれほど簡単に踏みにじられるかを示す、忘れてはならない警鐘なのです。
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