「北海道」という地名は私たちにとって馴染み深いものですが、同じように「南海道」や「西海道」といった名称はあまり耳にしません。
しかし、これらの名称はかつて日本の行政区分として存在していました。
では、なぜ現在ではこれらの名称が使われなくなったのでしょうか?
今回は、その歴史的背景と現代への影響につい紹介します。
かつて日本に南海道や西海道があった歴史
五畿七道とは?
「五畿七道(ごきしちどう)」は、古代日本の律令制における広域行政区画のことを指します。
具体的には、都周辺の「畿内(きない)」と、そこから放射状に広がる7つの「道(どう)」で構成され、各道はさらに複数の国(現在の都道府県に相当)に分かれており、行政や交通の基盤として機能していました。
- 畿内|現在の奈良県、京都府南部、大阪府、兵庫県南東部
- 東海道|現在の関東から東海地方
- 東山道|現在の中部地方内陸部から東北地方南部
- 北陸道|現在の北陸地方
- 山陰道|現在の山陰地方
- 山陽道|現在の山陽地方
- 南海道|現在の四国地方と紀伊半島
- 西海道|現在の九州地方
なぜ「南海道」や「西海道」は馴染みがないのか?
これらの名称が現在あまり使われていない理由は、歴史的な変遷と地域の呼称の変化にあります。
平安時代以降、律令制が次第に形骸化し、鎌倉時代や室町時代には武家政権が台頭しました。
この過程で、古代の行政区分である「五畿七道」の概念は徐々に廃れていきます。
特に、「南海道」や「西海道」に関しては以下のような要因が考えられます。
- 南海道
四国地方や紀伊半島を指していましたが、これらの地域は地理的・文化的に独自の発展を遂げ、「四国」や「紀伊」といった名称が定着しました。
そのため、「南海道」という呼称は次第に使われなくなりました。 - 西海道
九州全域を指していましたが、平安時代には大宰府が設置されるなど、九州は独自の政治的・文化的中心地となりました。
その結果、「九州」という名称が広まり、「西海道」という呼称は廃れていきました。
現代に残る「五畿七道」の影響
古代の行政区分である「五畿七道」は、現代の地名や交通網に多大な影響を与えています。
特に以下のような形でその名残を確認することができます。
- 東海道
江戸時代には、江戸(現在の東京)と京都を結ぶ主要な街道として「東海道」が整備されました。
現在でも「東海道新幹線」や「東海道本線」といった鉄道路線名としてその名が残っています。 - 山陽道
中国地方南部を指す「山陽道」は、現在の「山陽新幹線」や「山陽自動車道」といった交通路線名に受け継がれています。 - 北陸道
北陸地方を指す「北陸道」は、現在の「北陸新幹線」や「北陸自動車道」としてその名をとどめています。
一方で、「南海道」や「西海道」といった名称は現代の交通路線名や地名としてはあまり使われていません。
これは、前述のように地域独自の名称が定着したことや、行政区分の変遷によるものと考えられます。
まとめ
古代日本の行政区分である「五畿七道」は、現代の地名や交通網に深い影響を与えています。
「東海道」や「山陽道」といった名称は現在でも広く使われていますが、「南海道」や「西海道」は歴史的な変遷や地域独自の名称の定着により、現在ではあまり馴染みがなくなっています。
しかし、これらの名称の背景を知ることで、日本の歴史や地理に対する理解が深まるのではないでしょう。
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