「指切りげんまん」「嘘つきは泥棒の始まり」「雷が鳴ったらおへそを隠せ」子どもの頃、言われたことありますよね。
当たり前のように信じていたこれらの言い伝え、実は思った以上に深い意味が隠されていたのです。
ただの迷信?それとも教訓?今回は日本人の記憶に深く根付いた言い伝えの真相を紹介します。
指切りげんまん
指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます♪
約束のときに子どもがよく交わすこのフレーズ、誰もが一度は口にしたことがあるはずです。
しかし、この指切りの意味、深く考えたことはあるでしょうか?
実はこの言葉、単なる遊びや童謡ではなく、江戸時代の遊郭文化が起源だとする説があります。
当時、遊女と客が愛の証として指を切り、その一部を渡したという逸話が残っています。
もちろん、一般的な習慣ではなく、ごく一部の誓約行為として行われた可能性が高いとされており、また「げんまん」は「拳万(げんまん)」と書き、約束を破ったらグーで一万回殴るという恐ろしいペナルティの意味があるそうです。
つまりこの言い伝え、もともとは軽いノリではなく命がけの約束を意味していたのですね。
現代では誰もが口にするフレーズとして広まっていますが、そのルーツを知るとちょっとゾクっとします。
指を切ってまで誓う愛、ロマンチックにも見えますが現実なら重すぎるかも…?
嘘つきは泥棒の始まり
この言葉を聞いたとき、多くの人が子どもの頃に親から言われた記憶が蘇るのではないでしょうか?
嘘をつくと泥棒になるよ!というこの教えは、日本独自の道徳的なことわざとして昔から使われています。
しかしなぜ、嘘が泥棒の始まりなのでしょうか?
この言い伝えは、江戸時代の道徳観や教育観の中から生まれた教訓であると考えられています。
子どもに嘘をつかせないために、あえて「その先にもっと大きな悪事が待っている」と強く戒めたのです。
つまり、小さな悪でも積み重なると大きな罪になるという、人の道を踏み外さないようにするためのストッパーだったんですね。
実際に、嘘をつくことで他人の信用を失い、それを隠そうとして更なる嘘を重ね、最終的に窃盗や詐欺に手を染めてしまう例は現代でもあります。
また、似たようなことわざは世界中に存在しており、英語では「He who lies will steal.(嘘をつく者はやがて盗む)」という表現があることからも、人間社会に共通する道徳観であることが分かります。
つまりこれは、嘘をつくなという単純な叱責ではなく、誠実に生きてほしいという親の願いが込められた言葉なんですね。
雷が鳴ったらおへそを隠せ
雷が鳴ったらおへそを隠せ!これも日本人ならほぼ全員が聞いたことがあるはずです。
中には、おへそを取られる神様がいると本気で信じていた子どももいるかもしれません。
ですが当然ながら、おへそを狙う神様などはいません。
この言い伝えには、科学的な背景と生活の知恵があったのです。
昔はエアコンも天気予報もなく、雷=急激な天候の変化を意味していました。
雷が鳴る日は気温が下がり、風が強まるため、お腹を冷やして体調を崩しやすい状況になります。
とくに子どもは冷えに弱く、下痢や風邪を引く原因になり、また雷に関しては感電事故を防ぐ意味もあったとされます。
裸でいる=皮膚が露出していると、万が一の落雷の際にリスクがあると考えられたのかもしれません。
つまり「雷が鳴ったらおへそを隠せ」というのは、体調管理+安全対策という非常に実用的な生活の知恵だったんですね。
現代の私たちは気象情報で雷を予測できますが、それがなかった時代の人々は、こうした言い伝えを通じて子どもたちを守っていたのです。
まとめ
今回紹介した3つの言い伝えは、私たちが自然と覚えてきたフレーズです。
その裏には、深い歴史や親から子へと受け継がれてきた愛情、そして知恵が込められていることがわかりました。
こうした言い伝えをきっかけに、私たちも「なぜこう言われてきたのか?」と一度立ち止まって考えることで、暮らしの中にある知恵の遺産を再発見できるかもしれませんね!
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