氷点下の海に2時間も浸かったまま生還した男、映画『タイタニック』にも登場したパン職人「チャールズ・ジョーキン」は、乗客の命を救い、自身は酒を飲みながら沈没する船と運命を共にする覚悟を決めていましたが、奇跡的に生還を果たします。
なぜ彼は助かったのか？ 嘘のような実話とともに、その驚異の行動と人間性を紹介します。
冷静だったパン職人「チャールズ・ジョーキン」
1912年4月14日、タイタニック号は北大西洋で氷山に衝突、沈没までわずか約2時間40分という時間の中で、2200人以上が乗っていた船は、約1500人の命を奪う大惨事となりました。
そんな極限の混乱状態の中で冷静に行動をとった乗員、当時33歳のチャールズ・ジョーキンです。
ジョーキンは、タイタニックの一等厨房でチーフ・ベーカー（パン焼き主任）として勤務していました。
事故直後、指示を待つことなく、彼は即座に行動に移ります。
まず、救命ボートに持ち込むためのパンの塊をボートに積み込み、食料の確保という職務を果たした彼は、その後も率先して女性や子供たちをボートに誘導します。
冷静な口調で乗客を落ち着かせ、乗せるべき人を次々と優先して乗せていき、自身も救命ボートに乗るように促されますが、「自分よりも女性や子供を優先すべき」と乗船を断固拒否、彼は最後のボートが出るその瞬間まで船に残っていたと、後の証言や記録に明記されています。
信じがたい奇跡の生還
もう助からない、と悟ったチャールズ・ジョーキンは、覚悟を決めて自室に戻り、船医の勧めに従って死の苦痛を麻痺させるためにウイスキーを飲んだと後に語っています。
ところが、既に部屋には浸水が始まっており、彼は船内の食品庫に移動して酒を飲み続けたと言われています。
そして午前2時20分、タイタニック号が完全沈没するその直前、彼は酔った状態にもかかわらず、驚くべきバランス感覚で右舷の手すりを歩き船尾の最上部まで移動、そして沈没の瞬間に合わせて北大西洋に飛び込みます。
このときの水温は摂氏マイナス2度前後、通常人は10〜20分以内に低体温症で命を落とす環境です。
実際、大多数の乗客は海に投げ出された後、急激な体温低下により命を落としました。
にもかかわらず、ジョーキンは約2時間も冷たい海に浸かり続け、生還を果たしたのです。
彼はのちに「酒を飲んでいたおかげで寒さを感じなかった」と証言しています。
これが「やけ酒で生還した男」という伝説の由来となりました。
ただし、現代医学的にはアルコールは体温を下げる働きがあるため、酔っていたことが生存の直接的要因とは考えにくく、むしろ彼の健康体、冷静な判断、そして運が奇跡を生んだとみるほうが自然です。
最終的に彼は、転覆していたボートBにしがみつき、他の生存者とともに救助されました。
救難船カーパチア号に引き上げられた際、なんと凍傷すら負っていなかったという驚くべき記録が残っています。
映画『タイタニック』の裏にいた実在の英雄
1997年公開の映画『タイタニック』では、沈没直前に酒を飲んで船尾に立っている男が一瞬だけ登場します。
このシーンは、多くのファンの間で「チャールズ・ジョーキンがモデルではないか」と言われており、監督ジェームズ・キャメロンが彼の証言記録に目を通していたことも確認されています。
映画は多くの創作を交えつつも、史実に基づいた描写も随所に取り入れています。
その中で、ジョーキンのエピソードは「沈没直前まで船に残っていた乗員」として象徴的に描かれ、また「名もなき英雄たちの象徴」としても位置付けられているのです。
事故後、彼は再び海で働き続け、料理人としてアメリカでキャリアを積み、1956年に78歳で静かにこの世を去りました。
彼の物語は、一人のパン職人が見せた人間の尊厳と勇気を、100年以上経った今でも私たちに伝えてくれます。
まとめ
チャールズ・ジョーキンは特別な装備も、特別な地位も持たない一人のパン職人でした。
それでも、彼は多くの人を救い、沈む船からも逃げず、最後まで人としての行動を選びました。
沈没という絶望の中で見せた行動は、我々が危機の中でどうあるべきかを静かに語りかけてくれます。
酔っていたから助かったのではなく、覚悟を決めて行動した人間の奇跡こそが、この物語の本質ではないでしょうか。
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