昭和の土曜の夜といえば「まんが日本昔ばなし」、ほのぼのした笑える話もあれば、教訓を与える優しい話もありました。
が、その中でも子どもながらに背筋が凍った怖い回は今でも強烈に記憶に残っています。
今回は数ある中でも特に有名で、視聴者にトラウマを植えつけた3つの話を紹介します。
耳なし芳一
下関にある阿弥陀寺に、芳一という盲目の琵琶法師がいました。
幼い頃から目が不自由でしたが、琵琶の腕前は師を超えるほどで、特に「壇ノ浦の合戦」を弾き語ると、その迫力と哀しみに誰もが涙するほどだったと伝わっています。
ある蒸し暑い夜、芳一のもとに高貴な人物の使いが現れ、「ご主人があなたの琵琶を聞きたがっている」と言うのです。
芳一が案内されたのは大きな屋敷、そこには多くの人が集まっており、芳一が弾き語りを始めると、すすり泣く声が四方から響き渡りました。
演奏を終えると、女の声が芳一に告げます「今宵より三夜、弾き語りをしてほしい。ただし、このことは誰にも話してはならない」と…。
しかし翌朝、寺に戻った芳一を見た和尚は不審に思い、寺男に尾行させました。
すると芳一は屋敷などではなく、安徳天皇の墓前で必死に琵琶を奏でていたのです。
つまり彼を呼んでいたのは、壇ノ浦で命を落とした平家の亡霊たちでした。
和尚は危険を察し、芳一の体に経文を書いて霊から守ろうとします。
文字に覆われた体は亡霊の目には映らないはずでしたが、和尚は耳にだけ経文を書くのを忘れてしまいました。
夜、また霊たちが迎えに来ると、経文で姿を隠した芳一は見えません。
しかし耳だけがぽっかり浮かび上がり、霊たちは「ここにいる証拠を残せ」と両耳をもぎ取ってしまったのです。
翌朝、血まみれの芳一を見た和尚は深く悔やみ、医者を呼んで必死に手当をしましたが、その後、芳一は二度と霊に憑かれることなく、ますます琵琶の名手として名を馳せ、人々から「耳なし芳一」と呼ばれるようになったのです。
亡者道
舞台は険しい山々に囲まれた乗鞍岳の西の麓、千町ヶ原、そこには清霊田と呼ばれる沼がいくつも点在し、昔から亡者が通る道だと恐れられていました。
青屋に住む平十郎という百姓は、肝の据わった人物で、秋の収穫を終えると猟に出るのを何より楽しみにしていました。
ある晩秋、亡者道と呼ばれる桜が岡の辺りでかすみ網を張り、ツグミを獲っていたときのこと、獲った鳥を籠に入れようとした瞬間、ツグミに目を突かれ片目を失ってしまったのです。
山小屋で休んでいた平十郎は、ふと祖父の言葉を思い出します。
「亡者道で猟をすると、亡者の声を聞くぞ」、笑い飛ばしたその瞬間、壁の隙間から無数のツグミが押し寄せ小屋中を飛び回りました。
慌てて外へ逃げ出すと、今度は火の玉がいくつも目の前を横切ります。
恐る恐る跡をつけると、自分が仕掛けた網に火の玉が絡まり呻き声を上げていました。
火の玉は次々に骸骨へ姿を変え、「平十郎とろう、平十郎とろう」と叫びます。
肝の据わった平十郎もさすがに恐ろしくなり、必死に山を駆け下りますが足を滑らせ清霊田の沼に転落、周囲の沼からは次々に骸骨が浮かび上がり、「平十郎は三日前に仏様の飯を食った、捕らえることはできん」と悔しそうに呟いたといいます。
平十郎は命は助かったものの、それ以来心を病んでしまい二度と猟に出ることはなかったと伝えられています。
自然や死者を侮ってはならない、という戒めの物語です。
佐吉舟
島で一番の男前・佐吉と、力自慢の太兵衛は幼い頃からの大親友でした。
ところが二人とも、船主の娘ヨネを好きになってしまいます。
娘の父親は「稼ぎの多い方に嫁がせる」と言い、二人は次第にライバルとして争うようになりました。
ある日の漁で、佐吉の船には魚が次々と掛かり船底はいっぱいに、追い抜こうと夢中になった結果、船は魚の重みで大波に呑まれ沈みかけてしまいます。
佐吉は必死に「乗せてくれ!」と太兵衛に頼みますが、太兵衛は「ヨネを譲るなら助ける」と条件を突きつけます。
佐吉は「それとこれとは別だ」と拒否し、船にすがりつくと、太兵衛は舵で殴りつけ佐吉は血まみれで海に沈んでしまいました。
その後、太兵衛は罪悪感に苛まれ、家に閉じこもります。
村人たちは佐吉が漁から戻らないと大騒ぎになり、ヨネも悲しみに暮れました。
数日後、海で釣りをしていた太兵衛の前に一艘の船が現れます。
乗っていたのは、死んだはずの佐吉でした。
佐吉はただ一言「柄杓を貸せ」と言い、太兵衛の船に海水を汲み入れ続けます。
太兵衛は必死に謝罪しますが、佐吉は黙々と海水を入れ続けやがて船は沈没、太兵衛が「助けてくれ」と佐吉の船に近づくと、船はすっと姿を消し太兵衛も大波に呑まれて命を落としました。
愛と嫉妬、裏切りと復讐、人間の心の闇を描いたこの話は、「まんが日本昔ばなし」の中でも特に印象的な悲劇として知られています。
まとめ
「耳なし芳一」「亡者道」「佐吉舟」、どれもただ怖いだけでなく、人間の弱さや欲望、死者や自然への畏れを強烈に描いた物語でした。
子ども時代に震えながら見たこれらの昔ばなしは、大人になった今でも忘れられないトラウマ回、同時に日本の伝承が持つ深い教訓を伝えてくれる貴重なお話でもあります。
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