今や日本の家庭料理と言っても過言ではない洋食ですが、その多くが明治時代に誕生したと聞くと、驚く人も多いのではないでしょうか。
実は洋食とは西洋料理ではなく、西洋料理を日本人向けに大胆改造した別ジャンルの料理なんです。
今回は、文明開化という激動の時代背景とともに、洋食がどのように生まれ、日本人の胃袋をどう変えていったのかを、ルーツ重視でじっくり解説します。
文明開化は食の革命だった
明治維新後、日本は近代国家になるため、西洋列強に追いつく必要がありました。
そこで注目されたのが体格・栄養・健康で、当時の日本人は欧米人に比べて小柄、原因の一つとされたのが、長年続いた肉食忌避文化でした。
政府や知識人たちは「肉を食べなければ国は強くならない」と考え、牛肉・豚肉・乳製品の普及を推進します。
しかし問題はここから、バターの匂い、レアな肉、濃厚すぎる脂、西洋料理は日本人にとって刺激が強すぎたのです。
そこで料理人たちは、西洋料理をそのまま出すのではなく、「日本人が食べられる形に作り直す」という、前代未聞の試みを始めました。
この瞬間に誕生したのが「洋食」です。
■牛鍋
明治初期、牛肉は「臭い」「穢れ」というイメージが強く、敬遠されていましたが、そこで考案されたのが牛鍋です。
味噌や醤油で煮込み、野菜と一緒に食べることで、肉のクセを消す工夫がされ、美味しくするためだけでなく、日本人に肉を慣れさせるための戦略的料理だったのです。
砂糖が普及すると甘辛い味付けに進化し、現在のすき焼きへと姿を変えました。
■カレーライス
カレーのルーツはインドですが、日本に伝わったのはイギリス式カレーでした。
とろみの正体はスパイスではなく小麦粉、これにより日本人にも食べやすい味になります。
さらに日本独自だったのが、米にかけるという発想で、パン文化が根付かなかった日本では、ご飯に合う洋食こそが正解だったのです。
こうしてカレーは、家庭・学校・軍隊に広がり、国民食への道を歩み始めました。
■ハヤシライス
ハヤシライスは、外交官や上流階級が集った鹿鳴館文化と深く結びついています。
西洋風のシチューや煮込み料理をベースにしつつ、煮込み時間を短縮、味を甘めに調整、ご飯と合わせるという改良が施されました。
見た目は洋風、味は日本的、ハヤシライスは「文明開化そのものを皿に乗せた料理」と言われる理由です。
■コロッケ
フランスのクロケットは、本来クリームや肉が主役の高級料理でしたが、日本では材料費の問題から、じゃがいも主体へと変化、さらに日本人が得意とする揚げ物文化と融合し、コロッケが完成します。
高級料理を、誰でも食べられる日常食に落とし込む、この発想こそ洋食の本質です。
■オムライス
卵料理は西洋の技法、主食は日本の米、この二つを無理なく結びつけたのがオムライスです。
当初は現在のような半熟ではなく、しっかり火を通すスタイル、衛生面を重視した明治ならではの合理性が背景にあります。
■とんかつ
西洋のカツレツは薄切り肉が基本でしたが、日本では「分厚いほうが満足感がある」という発想から、厚切り豚肉が採用されます。
細かいパン粉、キャベツの添え物、ソース文化、これらはすべて日本独自の進化で、とんかつは西洋料理を完全に日本化した完成形と言えるでしょう。
洋食とは翻訳された文明だった
洋食は単なる流行ではありません。
西洋の技術、日本の味覚、米中心の食文化、庶民の生活感覚、これらをすべて噛み合わせた、高度な文化翻訳の産物です。
明治の料理人たちは、世界と向き合いながら、日本人の舌を一から設計し直しました。
まとめ
私たちが何気なく食べている洋食は、文明開化という大実験の成功例です。
西洋に飲み込まれるのではなく、取り込み、作り替え、定着させた、その知恵と工夫は、150年以上経った今も食卓に生き続けています。
次にカレーやとんかつを食べるとき、「これは明治の人たちの試行錯誤の結晶なんだ」そう思うだけで、少し誇らしい気持ちになるかもしれません。
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