任天堂64を持っていた人なら、きっと一度は気になったことがあるはずです。
本体上部に存在していた謎のフタ、外すと現れるのは、「はがさないでください」と書かれた赤い警告シール、触ったら壊れるのではないか?
この出来事は、単なる周辺機器の話にとどまらず、任天堂が子どもの心理をどれほど深く理解していたかを象徴するエピソードとして、今も語り継がれています。
任天堂64に最初から用意されていた禁断の場所
任天堂64は、1996年に登場した家庭用ゲーム機で、『スーパーマリオ64』や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』など、3Dゲームの歴史を大きく前進させ、90年代後半のゲームシーンを牽引しました。
その任天堂64の本体上部中央には、発売当初から比較的大きな端子カバーが設けられていましたが、問題はその内部にありました。
カバーを外すと目に飛び込んでくるのが、「はがさないでください」と書かれた赤い警告シールで、当時の子どもたちにとって、「本体を開ける」「シールを剥がす」という行為は、ほとんど分解に近い感覚だったのです。
実際には壊れる心配はなくても、心理的なハードルは非常に高く、この拡張コネクタは長らく「触ってはいけない場所」「正体不明の端子」として認識され続けていました。
ドンキーコング64の登場
1999年12月に発売された「ドンキーコング64」、この作品は、任天堂64史上初めて、メモリー拡張パックの装着が必須とされたタイトルで、拡張パックを装着していない状態では、電源を入れても画面が映らず、ゲームは起動しません。
それ以前にも拡張パック対応ソフトは存在していましたが、あくまで「あると画質が良くなる」という位置づけで必須ではありませんでした。
そのため多くのユーザーは、拡張パックの存在を知ってはいても、「触らないもの」「後回しにするもの」として扱っていたのです。
しかし『ドンキーコング64』を手に入れた瞬間その認識は一変、遊ぶためには警告シールを剥がさなければならないという現実を突きつけられるからです。
任天堂は、この心理的ハードルを見越していたのです。
『ドンキーコング64』のCMでは、子どもたちが「剥がすな!ヤバいぞ!」と叫びながらも、堂々とシールを剥がし、拡張パックを装着する様子が描かれています。
それは単なる操作説明ではなく、「公式がルールを破っていいと背中を押す」演出で、禁止されていたことを自分の意思で解禁する、その体験が強烈な記憶として残った理由はここにあります。
周辺機器で遊び方が進化
任天堂64は、メモリー拡張パックに限らず、周辺機器によって体験そのものが変化するハードでした。
代表的なのが、スターフォックス64と同時に登場した「振動パック」です。
乾電池で動作し、ゲームの状況に応じてコントローラーが震える仕組みは、当時としては画期的でした。
さらに「64GBパック」では、ゲームボーイ用ソフトを差し込み、64と連動させることが可能になり、ポケモンスタジアムでは、ゲームボーイ版『ポケットモンスター』をそのまま起動できるという、当時としては非常に先進的な体験も実現しています。
こうした設計思想は、「ゲーム機は完成品ではなく、拡張によって成長するもの」という任天堂の哲学を強く反映しています。
まとめ
ルールを破る不安と、その先にあるワクワクを天秤にかけること、勇気を出した先で新しい世界が広がること、この一連の体験をゲームとして成立させていたことこそ、任天堂の凄さでしょう。
だからこそ任天堂64は、単なる懐かしのゲーム機ではなく、今も語られる体験の記憶として生き続けているのです。
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