え、実は一度消えかけてた?文明開化の裏で起きていた黒毛和牛消滅危機の衝撃の過去が深すぎた

え、実は一度消えかけてた?文明開化の裏で起きていた黒毛和牛消滅危機の衝撃の過去が深すぎた

いまや日本人の食卓に欠かせない存在となった牛肉、実は日本人が牛肉を日常的に食べるようになった歴史はそれほど古くありません。

長く肉食を避けてきた日本で、なぜ牛肉文化は一気に広がったのか、そして世界に誇る黒毛和牛はどのようにして生き残ったのか、そこには文明開化の熱狂と政策の失敗、そして奇跡とも呼べる出来事が重なった、壮大な物語がありました。

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日本人はなぜ牛肉を食べなかったのか?

日本では古くから仏教思想の影響が強く、牛や馬は農耕や運搬を支える大切な労働力とされてきました。

そのため、肉を食べる行為は長らく忌避され庶民にとって牛肉は、食べるものではなく使うものだったのです。

この価値観が大きく揺らいだのが明治維新以降でした。

欧米列強に肩を並べる国家を目指した明治政府は、国民の体格や栄養状態の改善を急務と考え、特に海軍や陸軍では牛肉を積極的に取り入れるようになりました。

象徴的な出来事として語られるのが、明治天皇が牛肉を口にしたとされるエピソードです。

これにより、肉を食べること=野蛮という従来の価値観は急速に薄れ、肉食=文明開化という新しいイメージが社会に浸透していきました。

上からの価値転換は、庶民の意識を変えるには十分なインパクトを持っていたのです。

牛鍋ブームと牛肉が庶民の食卓に並ぶまで

明治初期、東京を中心に爆発的な人気を博したのが、味噌や醤油で煮込む牛鍋で、日本人の味覚にもなじみやすく、文明人の食べ物として注目を集めます。

牛鍋屋は次々と開店し、牛肉は一部の上流層だけでなく、一般庶民にも広がっていきました。

この頃になると、牛肉を食べること自体が一種のステータスとなり、肉を食べない=時代遅れといった空気すら生まれ、特別なごちそうから日常の料理へと少しずつ姿を変えていきました。

一方で、港町・神戸では別の動きが起こります。

居留地に住む外国人たちが、日本の在来牛、特に兵庫県の但馬牛(神戸ビーフ)を食べ、味が非常に良いと高く評価したのです。

ただし彼らは同時に、和牛が小柄で肉量に乏しい点も指摘し、この評価が後に大きな判断ミスへとつながっていきます。

和牛改良の失敗と黒毛和牛を救った奇跡の4頭

政府は、味は良いが小さいという欠点を克服するため、和牛を大型化しようと考え、その方法として選ばれたのが外国牛との交配です。

西洋牛の体格と和牛の肉質を併せ持つ、理想の牛を作ろうとしたのですが、この試みは結果的に大失敗に終わります。

交配によって生まれた牛は、気性が荒く動きも鈍く、肝心の肉質も低下したのです。

純粋な和牛の血統は急速に失われ、一時は日本から和牛が消えるのではないか?とさえ言われました。

そんな絶望的な状況の中、兵庫県北部の美方郡にある山間の集落で奇跡が起こります。

外国牛との交配を免れた純血の但馬牛が、わずか4頭だけ生き残っていたのです。

その中の1頭は特に優れた肉質と安定した遺伝子を持ち、種牛として数多くの子孫を残しました。

この血統こそが、現在の黒毛和牛のルーツです。

もしこの4頭が存在しなければ、私たちが知る黒毛和牛は誕生していなかったかもしれません。

偶然と執念が重なった結果、日本の牛肉文化は命脈を保ったのです。

まとめ

明治の肉食解禁による急激な価値観の変化、政策として行われた改良の大失敗、そして絶滅寸前からの奇跡的な復活、これらすべてが重なり合い現在の和牛文化は成り立っています。

普段何気なく口にしている黒毛和牛は、実は非常に危うい歴史の上に存在する、貴重な文化遺産とも言える存在なのです。

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