今では当たり前となったゲームの「18禁」という年齢制限、しかしかつての日本では、過激な性的描写を含むゲームが明確な業界共通の審査基準もないまま販売されていました。
そんな状況を大きく変えたのが、1991年に起きた「沙織事件」で、発端は男子中学生によるゲーム1本の万引きでした。
沙織事件、ゲーム1本の万引きが業界を震撼させた
1991年、京都府に住む男子中学生が、成人向けパソコンゲーム『沙織 -美少女達の館-』を万引きして補導されました。
当時の販売価格は7,800円、本来なら少年による窃盗事件として処理されるはずでしたが、問題は思わぬ方向へ広がっていきます。
注目されたのは万引き行為ではなく、ゲームに含まれていた過激な性的描写、当時は成人向けPCゲームに統一的な審査制度がなく、現在では考えられないような露骨な表現を含む作品も販売されていたのです。
さらに、1980年代末に発生した宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件の影響で、アニメや漫画などのオタク文化に対する社会の風当たりは強まり、沙織事件は大きな問題として取り上げられることになります。
そして1991年11月25日、京都府警はゲーム会社のジャストやアイデスなどを家宅捜索、約300本のソフトが押収され、代表者ら計3人がわいせつ文書販売目的所持の疑いで現行犯逮捕されたのです。
この騒動によって、ほかのゲーム会社も新作の発売延期や販売自粛を余儀なくされ、急成長していた美少女ゲーム業界は、一人の中学生による万引きを発端に大きな転換点を迎えたのです。
18禁の誕生と、今も続くゲーム規制への疑問
沙織事件を受け、ゲーム業界では統一的な自主規制を求める動きが加速し、1992年4月には成人向けPCゲームへの「18禁シール」が導入、同年11月にはコンピュータソフトウェア倫理機構、通称「ソフ倫」が正式に発足します。
これによってゲームの内容を審査し、年齢に応じて販売を区分する仕組みが整えられました。
ただし、沙織事件が日本のあらゆる18禁制度を生んだわけではありません。
現在の家庭用ゲームで使われるCEROの年齢区分は、2002年に始まった別の制度で、暴力的なゲームが現実の犯罪につながるのではないかという議論は現在も続いています。
もちろん、未成年者を刺激の強い表現から守ることには意味がある一方で、作品の内容だけを犯罪の原因と決めつけることには慎重であるべきでしょう。
事件から30年以上が過ぎた今も、子どもの保護と表現の自由をどう両立させるかという課題は残されています。
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