昭和の時代、デパートに出かける子どもたちが、真っ先に目指した場所、おもちゃ売り場? それとも、お菓子売り場?いえいえ、何といっても「屋上遊園地」でした。
小さな観覧車に豆汽車、ガタガタ動き出すパンダの乗り物、少し色あせた遊具から流れる陽気な音楽…あれほど子どもたちでにぎわっていた屋上遊園地は、いつの間にか全国のデパートから姿を消してしまいました。
実は、屋上遊園地が消えた背景には、単なる人気低下だけではない意外な事情が隠されていたのです。
昭和のデパートの屋上は夢の国だった
今ではショッピングモールや大型テーマパークが身近になりましたが、昭和の子どもたちにとって、デパートは特別な場所でした。
ミニ観覧車やメリーゴーラウンド、豆汽車、ゲームコーナーなどが並び、大きなテーマパークほどの迫力はなくても、あの屋上には不思議な魅力がありました。
実は、屋上に遊具が置かれるようになった歴史は古く、1903年に東京・日本橋の白木屋で木馬やシーソーが設置されたことが始まりの一つとされています。
その後、1950年代から1970年代前半にかけて全国に広がり、昭和のデパート文化を象徴する存在となりました。
ところが、この楽しい遊園地には、百貨店ならではの意外な狙いもあったのです。
屋上遊園地が消えた意外な理由
では、なぜあれほど人気だった屋上遊園地が、次々となくなってしまったのでしょうか?
理由の一つは、火災に備えるための安全対策、1970年代には百貨店などで大規模な火災が相次ぎ、建物の防火・避難対策が強化されました。
その結果、屋上にも避難のための空間を確保する必要が生じ、大きな遊具を設置しにくくなったのです。
えっ、遊園地なのに消防法が関係していたの?そう驚く人もいるかもしれません。
さらに、屋上という場所ならではの問題もあり、雨風や強い日差しにさらされる遊具は傷みやすく定期的な修理や点検が欠かせません。
古い乗り物は交換部品の確保も難しく維持費はかさむ一方、加えて建物の老朽化や耐震工事によって、遊園地を撤去せざるを得ないケースも増えていきました。
屋上遊園地にとって、もう一つの大きな転機となったのが、レジャーの多様化で、家庭用ゲーム機が普及し郊外には大型ショッピングモールやテーマパークが次々と登場、かつてはデパートの屋上に行くだけで大喜びだった子どもたちも、さまざまな場所で遊べるようになりました。
百貨店自体も厳しい経営環境に置かれ、屋上遊園地の維持に多くのお金をかけることが難しくなったのです。
つまり、屋上遊園地が消えたのは、子どもたちに飽きられたからという単純な話ではなく、安全対策、老朽化、少子化、そして時代とともに変わる家族の休日、さまざまな変化が重なり、昭和の楽園は少しずつ姿を消していったのでした。
それでもデパートの屋上遊園地には、今の大型テーマパークのような絶叫マシンも豪華なアトラクションもありませんでしたが、小さな遊具や屋上から眺めた街並みは、何十年たっても忘れられないものです。
令和の今も、昭和の面影を残しながら、新しい世代の子どもたちを迎えている屋上遊園地もあります。
そんな光景こそ、屋上遊園地が残してくれた素敵な財産なのかもしれませんね。
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