そうなの?本家アメリカのタリーズは消滅…日本だけ成功を続ける深すぎる理由に納得

そうなの?本家アメリカのタリーズは消滅…日本だけ成功を続ける深すぎる理由に納得

アメリカ・シアトルで誕生したタリーズコーヒーは、本国では経営破綻を経験し2018年までに店舗が姿を消しました。

その一方、日本では全国各地に店舗を構え、今も身近なカフェとして成長を続けていますが、明暗を分けたのは単なる資金力の差ではなく、カフェの常識にとらわれない出店戦略が大きく関係しています。

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客の声から作られた日本のタリーズ

日本でタリーズを立ち上げた松田公太氏は、もともと飲食店の経営者ではなく銀行員でした。

アメリカで飲んだコーヒーの味と店舗の雰囲気に感動し、創業者に日本での展開を直談判し、1997年銀座に日本1号店を開きます。

しかし、当時の日本ではスターバックスも店舗を増やしており、知名度で劣るタリーズは客席が埋まらない時期もあったといいます。

そこで松田氏が行ったのは、来店客の声を直接聞くことでした。

コーヒーの苦味やフードの少なさなど、利用者が感じた不満を集め、改善できるものは店づくりに反映していきます。

タリーズは、若者向けの流行を追うのではなく、働く大人が落ち着いて過ごせる空間を意識しソファ席や電源を備えた店舗も展開、また日本人の好みに合ったドリンクだけでなく、食事として利用できるメニューを充実させます。

アメリカのタリーズがスターバックスの近くに出店し、その集客力を利用して成長したのに対し、日本では利用者が求めるものを細かく拾い上げ、独自の居場所を作っていったのです。

病院出店と伊藤園が生んだ独自の強み

日本のタリーズを象徴する戦略の一つが、病院内への出店です。

病院にカフェを作ろうと考えた背景には、長く入院していた松田氏の弟が「病院には気持ちを紛らわせる場所が少ない」と話したことが、きっかけとされています。

病院内の店舗では、車椅子でも使いやすい高さのカウンターを採用し通路を広く確保、メニューの文字を見やすくするなど、一般店舗とは異なる工夫が施され、患者だけでなく付き添いの家族や医療従事者にとっても、病院の中で日常を感じられる場所になったのです。

さらに、2006年には伊藤園の傘下へ入ったことも成長の転機となります。

伊藤園の資金力や流通網を利用し、コンビニや自動販売機でタリーズブランドのボトル缶コーヒーを販売、店舗を利用しない人にもブランドを知ってもらえるようになりました。

買収という言葉には、経営に失敗して会社を手放した印象を与えるでしょうが、日本のタリーズにとっては、独自性を守りながら事業を広げるための選択でもありました。

店舗の売り上げだけに依存せず、市販商品の利益や宣伝効果を店舗運営へ還元できる仕組みが整ったのです。

日本のタリーズは、本国の成功モデルをそのまま持ち込むのではなく、日本の生活に合わせて作り直したことこそ、成長を続けられた最大の理由なのでしょう。

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