オリンピックでは、イギリス代表として出場するのに、なぜサッカーのワールドカップではイングランドやスコットランドといった別々のチームで出場するのか…不思議に思ったことはありませんか?
サッカー経験者でも意外と知られていない事実には、単なるルールでは説明できない歴史と誇りが深く関係しています。
サッカー発祥の地が生んだ4つの代表
まず理解しておきたいのは、サッカー(フットボール)というスポーツそのものがイギリスで誕生したという事実です。
19世紀、イギリスの学校ごとにバラバラだったフットボールのルールを統一するため、1863年にイングランドで世界初のサッカー協会が設立されました。
この動きに影響を受け、スコットランド、ウェールズ、アイルランドも次々と独自のサッカー協会を設立、つまり世界中にサッカーが広まるよりも前に、イギリス国内ではすでに、4つの代表が存在していたのです。
1870年代から国際試合が開催され、特にイングランドとスコットランドの対戦は、単なるスポーツを超えた国家間の対立とも言えるほどの熱狂で、長年にわたり激しいライバル関係を築いていきます。
こうして100年以上続いた対抗意識は、イギリスとして1つになるという発想そのものを受け入れにくくなり、サッカーにおいて彼らは、同じ国ではなく競い合う存在なのです。
FIFAの特例とアイデンティティという壁
20世紀に入り、サッカーは世界中に広がり、国際サッカー連盟(FIFA)が設立されます。
本来、FIFAは「1国につき1代表」というルールを掲げていますが、ここでイギリスは特別扱いされることになります。
理由はシンプルで、サッカーの母国であるイギリスの影響力があまりにも大きく、FIFAは権威を保つために、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4協会すべてを例外として認めました。
さらに重要なのが、彼らの強烈なアイデンティティで、仮にイギリス代表を作れば、戦力は大幅に強化されますが、選手たちは「強いチームで戦うこと」よりも「自分のルーツである地域の代表として戦うこと」を重視します。
そこには、勝敗を超えた誇りがあるのです。
2012年のロンドンオリンピックでは、一時的にイギリス代表が結成されましたが、スコットランドなどが強く反発し、完全な統一とはなりませんでした。
この出来事は、彼らの間にある見えない壁の大きさを象徴しています。
まとめ
サッカーにイギリス代表が存在しないのは、サッカー発祥の地としての歴史、100年以上続くライバル関係、そして何より各地域が持つ強いアイデンティティがその背景にあります。
ワールドカップで彼らの試合を見るとき、そのユニフォームに込められた歴史を感じながら観戦してみると、また違った面白さが見えてくるはずです。
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