世界最大級のゲームイベントとして知られる東京ゲームショウ(TGS)、1996年の初開催から2026年で30周年を迎えましたが、意外にも任天堂は長年、一般来場者向けの大規模ブースを出展していません。
ゲーム業界を代表する任天堂が、なぜ東京ゲームショウには本格出展しないのでしょうか?
任天堂が出展しない背景にある1990年代のゲーム業界
東京ゲームショウが初開催されたのは1996年、主催するCESA(コンピュータエンターテインメント協会)は1995年に設立され、ソフトメーカー各社が話し合い、業界共通の課題に取り組む場として発足しました。
一方、当時の家庭用ゲーム市場では任天堂が大きな影響力を持っており、ESAや東京ゲームショウの誕生について、任天堂中心だったゲーム業界に対し、ソフトメーカー側が独自の場を作ったことが背景にある、とする見方もあります。
ただし、CESAが「任天堂に対抗するために設立された」と公式に説明しているわけではありません。
CESA側は設立目的について、増加するソフトメーカーを取りまとめ、企業同士が共通の問題について話し合う場を作るためだったと説明しています。
また、かつてはCESA会員のみがTGSに出展できましたが、2001年から非会員にも門戸が開かれています。
任天堂は東京ゲームショウに出る必要がない?
任天堂が東京ゲームショウと完全に距離を置いてきたわけではありません。
象徴的なのが2005年で、当時の社長・岩田聡氏が東京ゲームショウで基調講演を行い、Revolutionの新型コントローラーを初公開、現在のWiiリモコンにつながる重要な発表がTGSで行われました。
それでも一般向けの大規模ブースを出展しない理由として考えられるのが、任天堂が独自の情報発信手段を確立していることです。
かつては、Nintendoスペースワールドなど独自イベントを開催し、その後はNintendo Directによって、新作ソフトやハードの情報を自ら世界へ発信するようになり、他社と同じイベントに合わせなくても、自社のタイミングで世界中のファンに情報を届けられる発信力も大きいでしょう。
そのため、1990年代から続く歴史的な経緯以上に、あえて東京ゲームショウに巨大な一般向けブースを構える必要性が小さい、という事情も考えられます。
とはいえ、任天堂がTGSに本格出展しない本当の理由は明らかにされていません。
しかし、30年間続いてきたこの独特な距離感には、ゲーム業界の歴史と独自路線を歩んできた任天堂らしい戦略の両方が関係しているのかもしれません。
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