平安時代、数々の女性を虜にしてきた一人の貴族が、恋を諦めるために信じられない行動に…現代では到底理解できないこの逸話は、平安時代の説話集『今昔物語集』に収録され、後に芥川龍之介の小説にも影響を与えました。
なぜ恋愛経験豊富な男性が、ここまで常軌を逸した行動に走ったのでしょうか。
恋愛で負け知らずの貴族が味わった人生最大の屈辱
平安時代の貴族・平貞文(たいらのさだふみ)は、通称「平中(へいちゅう)」と呼ばれ、在原業平と並ぶほどの色男として知られていました。
高貴な家柄に生まれ、容姿端麗で和歌や会話にも優れた彼は、数々の女性を口説き落としてきたと伝えられています。
そんな平中が夢中になったのが、藤原時平の屋敷に仕える美しい女房「本院侍従」でした。
しかし、何度恋文を送っても返事はなく、せめて「見た」の二文字だけでも返してほしいと懇願すると、彼女は平中自身の手紙からその文字を切り取り、貼り付けて送り返してきたのです。
それでも諦められない平中は、ある大雨の夜に彼女のもとを訪れると、意外にも彼女は部屋へ招き入れてくれたのです。
ついに恋が実ったと喜ぶ平中でしたが、寝床に入った直後、彼女は戸締まりを理由に席を外します。
ところが、いつまで待っても戻らず、確認すると戸には外側から鍵がかけられており、女性に困ったことのなかった平中は、まさかの仕打ちに涙を流します。
しかし、屈辱を味わってもなお、彼女への恋心を断ち切ることはできませんでした。
恋心を断ち切れなかった悲劇
どうすれば彼女を嫌いになれるのか?悩み抜いた平中が思いついたのは、美しい女性でも排泄物だけは汚く臭いはずだという考えでした。
やがて平中は、侍従の部屋から便器を運び出す女性を見つけ、その容器を奪い取り人目を避けて蓋を開けると、悪臭どころか甘く上品な香りが漂ってきました。
中には薄い色の液体と、排泄物に似た黄黒い塊が3つ入っていました。
不思議に思った平中は、木の枝で塊を刺して匂いを嗅ぎ、さらには液体を飲み、塊まで口にしてしまいます。
しかし、そこにあったのは本物の排泄物ではなく、丁子を煮出した液体や、香料と甘味料を使って作られた偽物だと平中は悟りました。
彼は、侍従が自分の行動を予測して仕掛けを用意していたのだと考え、その知恵に驚愕します。
嫌いになるどころか、ますます彼女に惹かれてしまったのです。
『今昔物語集』では、平中はその後も恋心を断ち切れず、病に倒れて苦悩の末に亡くなったと語られています。
一方、『宇治拾遺物語』には死亡する結末は描かれていません。
この逸話は後に芥川龍之介の『好色』の題材にもなりました。
恋愛に絶対の自信を持っていた男が、たった一人の女性に翻弄され、ついには異常な執着に飲み込まれていくという、皮肉に満ちた物語なのです。
千年以上前から語り継がれるこの奇妙な物語は、恋愛感情が人をどこまで狂わせるのかを問いかけているようですね。
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