あんなにあったのに「ジャスコ」と「サティ」はなぜ消えた?2大スーパーが「イオン」に統一された理由とは?

あんなにあったのに…ジャスコとサティはなぜ消えた?2大スーパーが「イオン」に統一された理由とは?

かつて日本各地で当たり前のように見かけた「ジャスコ」と「サティ」食品から衣料品、日用品まで揃う大型スーパーとして親しまれていましたが、現在その看板を目にすることはありません。

代わって全国各地に広がっているのが「イオン」、ジャスコとサティはもともと別々の企業から生まれ、異なる戦略でスーパー業界を生き抜いてきましたが、それがなぜ最終的にイオンになったのでしょうか…?

スポンサーリンク

ジャスコとサティ、それぞれが選んだ生き残り戦略

ジャスコ サティ
Wikipedia(左)ジャスコ2代目ロゴ(右)サティのロゴ|公式より

ジャスコの原点は、高度経済成長期の1960年代、当時ダイエーや西友、イトーヨーカ堂などが勢力を拡大する中、地方スーパーだった岡田屋、フタギ、シロの3社が手を組み、1970年にジャスコが誕生し、各地のスーパーとの合併や提携を進め全国へ店舗網を拡大、安く購入できる総合スーパーとして成長していきます。

一方、サティを生み出したのはニチイで、複数の企業の統合によって成長した大手スーパーでしたが、1980年代になると消費者のニーズが変化、生活が豊かになるにつれて、とにかく安く揃えたいだけでなく、多少高くても良いものが欲しいという需要が拡大、そこでニチイは1984年、スーパーと百貨店の中間を狙った生活百貨店としてサティを誕生させました。

さらに、ビブレや大型複合施設のマイカルタウンなども展開し、1996年には会社名をマイカルへ変更します。

同じ総合スーパー業界にいながら、ジャスコは規模の拡大や地域スーパーとの連携を進め、サティを展開するニチイ・マイカルは高付加価値化や大型商業施設へ進む、それぞれ違った方法で次の時代を目指していたのです。

別々だったジャスコとサティが、なぜイオンになったのか?

1990年代、バブル崩壊によって状況は一変、景気低迷によって節約志向が強まり、100円ショップやディスカウントストア、低価格を武器とする専門店などが勢力を伸ばしました。

そんな中、特に苦しくなったのがマイカルで、大型商業施設への積極的な投資による巨額の負債や既存店の不振などが重なり、2001年に経営破綻しました。

対照的にジャスコは、地方スーパーとの提携・再編やプライベートブランドの強化などを進めながら規模を拡大していき、2001年、「ジャスコ株式会社」は「イオン株式会社」へ社名を変更しました。

実は、ここが少し分かりにくいところで、ジャスコがイオンに買収されたわけではなく、ジャスコを運営していた会社の商号をイオンへ変更したのです。

一方のサティは、経営破綻したマイカルがイオンの支援を受け、2003年に完全子会社となったことでイオングループへ加わり、かつて別々のスーパーとして競争していたジャスコとサティが、同じイオングループの中に存在することになります。

そして2011年、大きなブランド再編が行われ、全国のジャスコとサティの店舗ブランドが原則として「イオン」へ統一されたのです。

今では全国どこでも見かける巨大なイオンですが、その姿は一つのスーパーだけが成長してできたものではなく、ジャスコやサティをはじめ、それぞれ違う歴史を歩んできた小売企業が、長年の再編によって一つの巨大グループへ集約されていった結果なのです。

かつて全国各地で存在感を放っていたジャスコとサティは、それぞれ異なる企業から生まれ、異なる戦略でスーパー業界を生き抜いてきましたが、バブル崩壊後に明暗が分かれ、最終的には同じイオングループへ…街からジャスコとサティが消えた背景には、日本のスーパー業界そのものを大きく塗り替えた再編の歴史があったのです。

あわせて読みたい|マタイク(mataiku)

あんなにあったのに…ジャスコとサティはなぜ消えた?2大スーパーが「イオン」に統一された理由とは?
最新情報をチェックしよう!