大金持ちになりたいわけじゃない。ただ、日常でいちいち我慢しなくていい余裕が欲しい…Xで投稿されたこの言葉が、多くの共感を集めて話題になりました。
ユニクロを値段で悩まずに買えること、カフェでドリンクとスイーツを一緒に頼めること、友人からの誘いに金銭面を理由に断らずに済むこと、どれも派手な贅沢ではありません。
しかし今、その当たり前のようで当たり前ではなくなった余裕を求める声が確実に増えています。
欲しいのは贅沢ではなく迷わない日常
バズった投稿が示していたのは、豪邸や高級車、海外リゾートのような成功者的ライフスタイルではありません。
ユニクロを高いと思わずに買えること、本を読みたいと思った瞬間に購入できること、カルディで気になった商品を値段を確認せずカゴに入れられること、つまり日常の小さな選択で、いちいち計算や我慢をしなくて済む状態への憧れです。
コメント欄でも「本当に欲しいのはこれ」「ささやかなご褒美を自分に許せる生活がしたい」という声が多く見られました。
これは決して浪費願望ではなく、精神的な余白を求める叫びだと言えます。
お金に余裕がないと、人は常に損得勘定を強いられ判断が萎縮します。
結果として、行動範囲も人間関係も狭まり、チャンスそのものを避けるようになります。
さらに、「お金がないと心に余裕がなくなり、心に余裕がないとお金も稼ぎにくくなる」という指摘は、多くの人が実感している現実でしょう。
この投稿が広く支持された背景には、そんな静かな不安とささやかな希望が重なっていると言えるでしょう。
SNSの声…
「友人のおめでたいこと、お世話になった方へのお礼に躊躇したくない」
「若者がこれだけ苦労してることを40代以上は知って欲しい」
「飲み屋街歩いても若い子は消えたのが答え」
「好きな本を気にせず買えるは本当に共感する」
「ちゃんと働いてまっとうに生きたらこういうことができる日本になって欲しい」
「めっちゃ贅沢がしたいわけではないんだよね」
「努力が足りないだけじゃ?」
「普通の買い物がしたいだけ…」
「余裕がなくなれば、道を踏み外す人も出てくる」
「健康で文化的な最低限度の生活ってどこが基準なの?」
「老後が生活保護になってる未來が見える」
「小さなお金の悩みを解消したいだけ」
など、多くの声が寄せられています。
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