歴史を振り返ると、大きな出来事の裏に隠れた小さなミスや偶然の連鎖が、世界を大きく変えてしまった瞬間が数多くあります。
今回は、歴史の運命を左右した「小さな出来事」の驚くべき影響を紹介します。
歴史を大きく変えた小さな出来事2選
サラエボ事件:歴史を変えた連絡ミス
1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であるフランツ・フェルディナンド大公とその妻がサラエボで暗殺されました。
この事件は、第一次世界大戦の引き金となり、世界の歴史を大きく変えることになったのです。
しかし、この暗殺事件の背後には、一つの小さなミスがありました。
それが、警備関係者の連絡ミスです。
当時、オーストリア=ハンガリー帝国とセルビア王国の間には極度の緊張がありました。
サラエボは「ヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれ、戦争の危機が常に存在していました。
そんな中、フランツ・フェルディナンド大公夫妻はサラエボを公式訪問していました。
しかし、警備は限定的であり、連絡ミスが重なって、暗殺という悲劇が起きてしまったのです。
事件当日の午前中、暗殺者が大公夫妻の車列に爆弾を投げ込みましたが、幸いにも狙いが外れ、夫妻は無事でした。
しかし、この事件で負傷した市民を見舞うため、夫妻は午後の予定を変更して病院に向かうことにしました。
ここで、警備関係者が安全なルートを選びましたが、連絡ミスにより車列は間違った道を進んでしまいました。
大公が道を間違えたことに気づき、車を止めるよう指示しましたが、その場所には偶然にも暗殺者が待機していました。
暗殺者は、誰にも邪魔されることなく夫妻を射殺してしまいました。
この連絡ミスと偶然の重なりが、第一次世界大戦への引き金となったのです。
もしこの連絡ミスがなければ、第一次世界大戦は避けられたかもしれません。
この事件は、歴史における小さなミスがどれほど大きな影響を持つかを物語っています。
トイレ休憩が戦争を引き起こす
1937年の七夕の日、中国の盧溝橋付近で日本軍が軍事演習を行っていました。
当時、日本と中国の関係は非常に悪化しており、領土を巡る緊張が続いていました。
その中で、ある兵士がトイレ休憩を取ったことが、戦争の引き金となってしまいました。
その兵士は、演習中に急な生理現象により持ち場を離れ、トイレに行きました。
ところが、なんてことないこの行動が両国を戦争へと導くことになってしまったのです。
彼がトイレに行ってる間に日本軍に向かってどこからか十数発の実弾が発射されました。
これに驚いた中隊長はすぐさま集合をかけて兵士の点呼を取ったとこ、1人の兵士が行方不明になっていることが判明しました。
伝達ミスなのか?はたまた最初から伝えていなかったのか?
彼は、行方不明扱いされることとなってしまいました。
しかも狙撃された焦りから隊の上層部は「発砲は中国軍によるもので行方不明の兵士は誘拐または射殺されたのではないか」と誤解してしまいました。
騒ぎから20分ほどで兵士は戻ってきましたが、なぜか発見の報告が隊長まで届かず日本軍は誤解したまま臨戦体制に入り、その後に再度発砲されたことで戦闘へと発展したのです。
戦闘そのものは小規模に収まりましたが、この出来事が日本に伝わり、日中戦争への道を開いてしまいました。
日本は当初、戦闘を拡大させない方針でしたが、援軍を派兵する際に挑発的な態度を取り、中国側から戦争を仕掛けているように見られました。
この小さな出来事が、歴史を大きく変えたのです。
まとめ
サラエボ事件と盧溝橋事件は、どちらも小さなミスや偶然が大きな歴史の転換点となった例です。
これらの出来事は、私たちが日常の中でどんなに些細なことでも、その影響が大きくなる可能性があることを示しています。
歴史を学ぶことで、私たちがどのようにして過去の教訓を活かし、未来に生かすことができるかを考えるきっかけとなりますね。
あわせて読みたい|マタイク(mataiku)