じぇじぇじぇ!あの街が今…『あまちゃん』ブームで観光客が殺到した久慈市の13年後の変化と抱える課題とは

じぇじぇじぇ!あの街が今…『あまちゃん』ブームで観光客が殺到した久慈市の13年後の変化と抱える課題とは

2013年、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の大ヒットによって、全国から観光客が押し寄せた岩手県久慈市、放送翌年には年間約113万人が訪れ、街はかつてないほどの活気に包まれました。

しかし、それから約13年が経過した現在、駅前にはシャッターを下ろした商店や老朽化した建物が目立ち、ドラマのロケ地となったビルも存続の危機に直面、一時は全国的な観光ブームに沸いた街で、いったい何が起きているのでしょうか。

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あまちゃんで大ブーム、年間113万人が訪れた街に残された面影

あまちゃん
CS放送ファミリー劇場『連続テレビ小説 あまちゃん』(C)NHK

2013年に放送された『あまちゃん』は、能年玲奈(現・のん)さん演じる主人公が海女やアイドルを目指す姿を描き、社会現象を巻き起こしました。

舞台のモデルとなった久慈市には全国からファンが殺到し、放送前年に約60万人だった観光客は、翌2014年には約113万人にまで増加したといいます。

しかし、ブームが落ち着くにつれて観光客は減少、現在の久慈駅周辺には閉店した商店や空き地、老朽化した建物が点在しています。

なかでも象徴的なのが、1965年に建設された地上4階、地下1階の「久慈駅前ビル」です。

かつて百貨店としてにぎわった建物は、ドラマで架空の「北三陸市観光協会」として登場し、人気のロケ地となりましたが、2016年には老朽化によって外壁が剥がれ落ち、県から改善指導を受ける事態になりました。

久慈駅前ビルの解体費用は約7,000万円と試算され、市民アンケートでも6割以上が解体を支持していました。

一方、今も建物にはドラマの看板が掲げられ、全国からファンが訪れており、観光資源として残したいという思いと、安全のために解体すべきだという意見が交錯するなか、建物の将来は長年にわたり決まらない状態が続いてきました。

観光ブームでも救えなかった地方都市の厳しい現実

そもそも、久慈市の衰退は『あまちゃん』の放送終了によって始まったものではありません。

かつての久慈市は鉱業や林業、漁業などで栄え、1960年代には約4万5,000人が暮らしていましたが、産業構造の変化や人口流出によって街の活力は徐々に失われ、人口は約2万8,000人にまで減少しています。

さらに、駅前の個人商店は厳しい経営環境に置かれ、店主の高齢化や後継者不足も重なり、かつての繁華街はシャッター商店街へと姿を変えていったのです。

それでも、久慈市から『あまちゃん』の存在が消えたわけではありません。

現在もロケ地を訪れ、観光案内窓口で「ただいま」と声をかけるファンがいるといいます。

一時的な観光ブームを、地域の持続的な発展へどう結びつけるのか、久慈市が直面する問題は人口減少に悩む全国の地方都市にも共通する課題といえそうです。

それでも、今なお街を訪れるファンや地域を盛り上げようとする人々の存在は、久慈市に残された大切な財産で、これからどのような未来を描いていくのか注目されます。

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