カネボウと聞いて高級化粧品や口紅、ファンデーションを思い浮かべる人もいれば、かつてテレビCMで見かけた人気ブランドを懐かしむ人もいるでしょう。
しかし、カネボウがもともと日本最大級の繊維メーカーだったことを知る人は、意外と少ないかもしれません。
実は、1936年には民間企業の売上高で日本一を記録、戦後は化粧品だけでなく、お菓子や医薬品、日用品まで手がける巨大企業へと成長、それほどの名門企業がなぜ姿を消してしまったのでしょうか。
日本一の巨大企業「カネボウ」始まりは小さな紡績会社だった
カネボウの歴史は1887年にさかのぼります。
前身となったのは「東京綿商社」、その後、1893年に「鐘淵紡績」と改称し、綿糸や織物を製造する会社として成長していきました。
当時の日本にとって、繊維産業は国の経済を支える重要な産業で、鐘紡は工場を次々と拡大し、1936年には民間企業の売上高で日本一にまで上り詰め、まさに日本経済を代表する企業だったのです。
戦後、カネボウは大きな転換期を迎えます。
主力だった繊維事業だけに頼らず、化粧品、食品、薬品、日用品など、さまざまな分野へ進出、これら5つの事業を柱とする経営は「ペンタゴン経営」と呼ばれました。
特に化粧品事業は大成功、資生堂を追いかける国内有数のブランドへと成長します。
さらに、お菓子の分野でも存在感を発揮し、現在もおなじみの「ねるねるねるね」や「甘栗むいちゃいました」などは、旧カネボウの食品事業から生まれた商品です。
つまり、化粧品売り場の商品も、スーパーのお菓子売り場の商品も、同じ巨大企業の仲間だったのです。
今考えると、なんとも不思議な組み合わせですよね。
巨大企業を苦しめた多角化の落とし穴
順調に見えたカネボウですが、やがて経営に暗い影が差し始めます。
大きな原因は、本業である繊維事業の不振、海外製品との競争が激しくなり、かつて日本一を誇った繊維事業の収益力が低下、さらにバブル期には不動産事業などにも進出し、経営を圧迫していきました。
一方で、化粧品事業は好調でしたが、社内には創業以来の繊維事業を重視する企業風土が残り、経営改革も思うように進まず、日本一になった成功体験が、皮肉にも変化を妨げる原因の一つになっていたのです。
2004年、カネボウは産業再生機構の支援を受け、事実上の経営破綻に追い込まれます。
さらに翌2005年、 約2150億円にも及ぶ粉飾決算が発覚し、世間を驚かせる事実が明らかになりました。
調査では、1996年3月期から2004年3月期まで、9期連続で債務超過だったことが判明、会社の財務状況は長年にわたって実態より良く見せられていたのです。
信用を失ったカネボウは2005年に上場廃止、化粧品事業は花王に買収され繊維事業も売却、2007年に名門カネボウは解散、長い歴史に幕を下ろしました。
カネボウのDNAは生き続けている
化粧品事業は花王グループの「カネボウ化粧品」として存続、そして、食品・薬品・日用品の事業は、2007年に「クラシエ」として新たなスタートを切りました。
「ねるねるねるね」や「いち髪」「コッコアポ」など、今も親しまれる商品には、旧カネボウの技術や事業の歴史が受け継がれています。
かつて日本一を誇った巨大企業は、経営の失敗と不正によって姿を消しましたが、その商品や技術は別の企業へと引き継がれ、今も私たちの暮らしの中に残っています。
あわせて読みたい|マタイク(mataiku)