横浜市といえば、全国屈指の発展都市、そんな都会の中に「陸の孤島」と呼ばれるエリアがあるのをご存知ですか?
かつて400億円をかけて建てられた夢のような商業施設「マイカル本牧」は、今やバブルの遺産と揶揄される寂しい姿になっています。
なぜ横浜市内でそんなことが起きたのか?
アクセス、商業計画、そして街の選択、この街が抱える「想定外の現実」に、何を感じるでしょうか…?
バブルが生んだ巨大プロジェクト

現在の横浜市中区本牧(ほんもく)地区は、戦後から長らく米軍に接収されていたエリアです。
1982年に接収が解除された後、横浜市はこの広大な土地を街づくりの実験台として再開発する方針を打ち出しました。
その象徴となったのが、1989年に開業した「マイカル本牧」です。
開発を手がけたのは、大手流通グループのニチイ(のちのマイカル)、当時の総工費はなんと400億円でした。
ヨーロッパ南部をイメージした「スペイン風」の建築様式で統一され、敷地内には10棟もの建物が目的別に配置されていました。
中でも「5番街」には、グッチやヴィトンなどの高級ブランド、さらにはライブハウスやリゾートホテルまでもがそろい、まさに未来都市を体現する一大ショッピングタウンとして大きな話題を集めたのです。
しかし、このマイカル本牧には最初から大きな落とし穴が潜んでいました。
それが次章で紹介する「アクセスの悪さ」です。
陸の孤島・本牧の交通問題
マイカル本牧が開業した当時、日本はまさにモータリゼーションの真っ只中でした。
車社会が当たり前となっており、「駅がなくても車で来るだろう」という甘い読みが通用していたのです。
ところが、現実はそう甘くはありませんでした。
本牧には鉄道駅が存在しておらず、最寄りのJR山手駅から徒歩で約30分、横浜市営バスが主な交通手段ですが、利便性は横浜の他エリアと比べて明らかに劣っていました。
さらに本来予定されていた、みなとみらい線の延伸(元町・中華街〜本牧〜根岸)は、地元商店街や港湾業者の反対で計画が凍結します。
商店街側は「駅前に人の流れを奪われる」と警戒し、港湾業界は「地下鉄工事で物流が滞る」と懸念を示したのです。
結果として、本牧は横浜市にありながら交通空白地帯として取り残されることになります。
駅がないという致命的な弱点は、街全体の集客力に直結し、マイカル本牧の将来を大きく左右する要因となりました。
空きテナントだらけの現実へ
バブル崩壊とともに、マイカル本牧の高級路線は一気に破綻します。
高級ブランドは相次いで撤退し、代わりに庶民向けのテナント(100円ショップやファミリーレストラン)を誘致するも豪華な建物とのギャップにより、ちぐはぐ感が拭えず客足はますます遠のいていきました。
追い打ちをかけたのがテナント料の高さ、バブル期に設定された1坪月額4万円+歩合制という家賃は、中小企業にとって到底手が出せるものではありません。
テナントは次々に撤退し空きスペースが増加、やがて全体の印象も暗くなり、「あそこってもうヤバいよね?」という負のイメージスパイラルに陥ってしまいます。
ついに運営元のマイカルは、2001年に経営破綻し、負債総額は1兆7千億円を超えました。
本牧の施設も例外ではなく、その後はイオンが一部を引き継ぐ形で営業を継続していますが、10棟あった建物のうち半分以上はすでに解体され、現在はマンションとして利用されています。
なぜ本牧は再起できなかったのか?
マイカル本牧の失敗は単なる商業施設の崩壊にとどまりません。
街そのものの再開発の方向性がズレていたという根本的な問題があったのです。
本牧は米軍の居住区だった歴史があり、一部エリア(和田地区など)は返還後も高級住宅地として整備されました。
そのため、大規模な再開発が難航、日常使いの店舗が少ないまま、地元住民すら行きづらい場所になってしまったのです。
一方で同時期に開発が進んだ、みなとみらい地区は駅直結・再開発計画と鉄道インフラがセットで整備され、今や若者の街として確固たるポジションを確立しています。
都市間競争の中で、鉄道と再開発がいかに街の命運を分けるか、本牧の事例はまさにその教訓を物語っています。
まとめ
マイカル本牧は、バブルという時代が生んだ夢の巨大施設でした。
しかし、その夢は時代の変化とともに崩れ去り、今ではその一部だけが「イオン本牧」として命脈を保つのみとなっています。
この街の失敗は、駅がないことやコンセプトのちぐはぐさなど、都市計画と現実のズレによって起きた構造的な問題です。
もし、みなとみらい線の延伸が実現していれば…もしテナント料が柔軟に設定されていれば…そんな“もし”が幾重にも重なるのが、本牧という街の今なのです。
しかし、バブルの遺構は今も残り、活用の余地もまた存在しています。
歴史と教訓に学びながら、次に本牧がどう再生していくのか、私たち自身の目で見届けていきたいものです。
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