「雷を斬った」「鬼の首を落とした」、まるで漫画やゲームに登場する特級呪具のような刀が、日本には本当に存在します。
もちろん、刀に超常的な力や呪いが宿っていることが科学的に証明されているわけではありませんが、千年近い時を生き残った名刀の中には、あまりにも不可思議な逸話を背負い、武将たちから畏敬の念をもって扱われてきたものがあるのです。
雷切(らいきり)
戦国武将・戸次鑑連、のちの立花道雪ゆかりの刀で、もともとは「千鳥」と呼ばれていたとされます。
伝説によれば、道雪が大木の下で休んでいたとき、突然の雷雨に襲われ凄まじい雷が木を直撃しようとした瞬間、道雪は枕元に置いていた千鳥を抜き、雷を斬ったというのです。
これをきっかけに、千鳥は雷切と呼ばれるようになったと伝えられています。
現在残っている雷切丸は、もとは長い太刀だったものを短くした脇指で、18世紀には本阿弥家によって相州物と鑑定された記録もあります。
雷神に刃を向けた刀、その異名だけでも特級呪具と呼びたくなる迫力があります。
三日月宗近(みかづきむねちか)
国宝「三日月宗近」、日本刀成立初期の名工として知られる三条宗近の作で、刃長は80センチ、刀身に現れる三日月形の模様から三日月宗近と呼ばれるようになりました。
しかもこの刀、天下五剣の一つで、その美しさは凄まじく、細身で大きく反った姿には、現代の日本刀とはまた違う平安時代らしい風格があります。
その来歴には謎が多いのも事実、室町幕府13代将軍・足利義輝が永禄の変で三日月宗近を用いて戦ったという有名な話もありますが、これも伝承の域を出ないとされています。
確実な伝来として確認できるのは、豊臣秀吉の正室・高台院が所持し、その遺品として徳川秀忠へ贈られ、徳川将軍家に伝わったことです。
戦乱の時代を越え、権力者たちの手を渡りながら約千年もの時を生き残った一振り、呪刀というより、むしろ人間の歴史そのものを見続けてきた、神秘の刀と呼ぶほうがふさわしいのかもしれません。
童子切安綱(どうじぎりやすつな)
平安時代の刀工・伯耆安綱による太刀で、こちらも天下五剣の一つ、現在は国宝として東京国立博物館に所蔵されています。
この刀に残された最大の伝説が「酒呑童子退治」、江戸時代の刀剣書『享保名物帳』には、源頼光が丹波国・大江山に棲む鬼「酒呑童子」を斬った太刀として記されています。
江戸時代には、試し斬りの達人・町田長太夫が刀の切れ味を試したところ、重ねた六体の遺体を一気に斬り抜き、さらに下の土壇にまで刃が達したという「六つ胴」の逸話まで残されています。
さらに刀は豊臣秀吉、徳川家康、徳川秀忠らの手を経て、越前松平家、津山松平家へと伝来しました。
鬼を斬った伝説を持ち、天下人たちの手を渡り、現在まで残る国宝、創作の設定と言われても違和感がないほどの経歴です。
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