現在では到底受け入れられないような風習も、かつての日本では人々の信仰や生活の一部として存在していました。
今回は、令和の常識では考えられない、現代人には驚くような日本の風習を3つ紹介します。
人柱、災害を鎮めるため人間を捧げた
かつての日本で行われていたと伝えられる、恐ろしい風習のひとつが「人柱」です。
城や橋、堤防などの大規模な建造物を造る際、工事の成功や災害から建物を守ることを願い、人間を神への供物として捧げたとされています。
当時は洪水や地震、建造物の崩壊といった災害を人間の力だけで防ぐことが難しく、神や自然の怒りを鎮めるためには大きな犠牲が必要だと考えられることがありました。
そのため、選ばれた人物を生きたまま地中に埋めたり、水中へ沈めたりして、その命と引き換えに建造物や地域の安全を願ったという伝承が日本各地に残されています。
現在でも城や橋、堤防などには人柱にまつわる伝説や慰霊の話が残る場所があり、科学や土木技術が発達した令和の感覚からすれば、人の命を犠牲にして災害を防ごうとする発想そのものが、にわかには信じられない恐ろしい風習といえるでしょう。
火起請、真っ赤に焼けた鉄で正しさを決める
争いの決着を、裁判ではなく神仏に委ねる、そんな現代では信じられない方法が「火起請(ひぎしょう)」です。
火起請は中世から近世にかけて行われた神判の一種で、土地をめぐる争いや犯罪の嫌疑など、人間では真偽を判断することが難しい問題の決着に利用され、その方法として知られているのが、熱した鉄を手で握るというものです。
その後の火傷の状態などから、神仏がどちらを正しいと判断したのかを見極めようとしました。
当然ながら熱した鉄に触れれば大火傷を負う危険があります。
しかし当時は「正しい者には神仏の加護がある」という信仰があり、現代の科学的な証拠とはまったく異なる方法で正邪を判断していたのです。
司法制度が整った令和から見れば、あまりにも過酷な裁判方法といえるでしょう。
骨噛み、亡くなった人の遺骨を口にする
特に異様に感じる人が多いかもしれないのが「骨噛み」です。
日本の一部地域では、火葬された故人の遺骨を遺族や親しい人物が口に入れて噛む風習があったとされています。
しかし、これは故人を粗末に扱う行為ではなく、むしろ反対で、大切な人への深い愛情や別れを惜しむ気持ちから行われたものと考えられています。
基本的には遺骨を食事のように食べるのではなく、口に含んだり噛んだりする行為でしたが、遺骨の一部を実際に飲み込んだとする事例も伝えられています。
現代人には恐ろしく映る行為であっても、その背景にあったのは、亡くなった大切な人と少しでもつながっていたいという思いだったのかもしれません。
まとめ
どれも令和の常識から考えれば、にわかには信じられない風習です。
しかし、現代の常識も数百年後の人々から見れば奇妙に映るかもしれません。
昔の風習を知ることは、日本人の価値観や社会がどのように変化してきたのかを知る手がかりにもなるのです。
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