東京裁判で東條英機を叩いた「大川周明」演技と精神異常説を巡る真相とは

大川周明

東京裁判には数多くの歴史的場面がありましたが、その中でも特に有名なのが思想家・大川周明による、東條英機の頭を叩いた事件です。

法廷で奇声を上げなど、不可解な行動を繰り返したことから、精神異常と判断され裁判を離脱されましたが、その一連の行動は本当に精神疾患によるものだったのでしょうか?それとも東京裁判そのものへの抗議として計算された演技だったのでしょうか?

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東京裁判で見せた数々の奇行と東條英機頭叩き事件

大川周明
Via|Wikipedia(左)大川周明/1936年(右)東條の頭を叩き両肩を抑えられる大川と苦笑する東條(公式より引用)

昭和21年に始まった東京裁判では、A級戦犯として28人が起訴されました。

その中で唯一の民間人だったのが思想家・大川周明でした。

しかし開戦へ大きな影響を与えた人物の一人とみなされ、戦犯として裁かれることになります。

ところが、裁判が始まると大川は常識では考えられない行動を繰り返しました。

水色のパジャマ姿に下駄履きという格好で法廷へ現れ、突然パジャマを脱ごうとしたり、大声や奇声を発したりと法廷は騒然となります。

そして最も有名なのが、前に座っていた東條英機の頭を叩いた出来事です。

東條は何事もなかったかのように前を向き続けましたが、法廷は一時騒ぎとなり、この出来事は東京裁判を象徴する場面として現在まで語り継がれています。

さらに巣鴨プリズンへ向かう護送バスでも、「料亭に昼食を予約した。天皇陛下も来られるから皆で行こう」「支払いは東條がする」と話したり、「今日から私はアメリカ軍の少将になった。だから所長より偉い」と発言したりするなど、支離滅裂な言動が続いたと伝えられています。

こうした様子から、大川はアメリカ軍病院で精神鑑定を受け、裁判を受ける能力がないと判断されました。

その結果、東京裁判から外され、その後正式な判決を受けることなく起訴も取り消されています。

一方で、大川自身は法廷で「It’s a comedy(これは茶番だ)」と叫んでいたことでも知られています。

この言葉は、東京裁判そのものを正当な裁判ではなく、勝者による裁きと考えていたことを示す発言として、現在でもたびたび取り上げられています。

精神異常だったのか?演技だったのか?現在も続く議論

大川周明の奇行については、現在でも結論は出ておらず、大きく三つの見方があります。

一つ目は、本当に精神疾患を発症していたという説です。

東條英機の弁護人を務めた清瀬一郎は、突然戦犯として起訴された精神的ショックは非常に大きく、一時的な精神異常を起こした可能性は十分考えられると回想しています。

また、大川本人も後年、「あの頃は二日酔いのような気分だった」と語ったという証言も残されており、完全に演技とは言い切れないという見方もあります。

一方で、演技だったという説も根強く支持されています。

東京裁判のオランダ人判事ベルト・レーリンクは後年、「大川は非常に頭の良い人物だった。頭が良かったからこそ患者を演じることができた」と回想しています。

さらに東京裁判で速記を担当していた寺戸満里子も、「今でも芝居だったのではないかと思っている。あれほど知的な人だから、何か計算があったのではないか」と証言しています。

実際、大川は退院後には著作活動を再開し、イスラム研究や翻訳書の出版など知的活動を精力的に行っています。

長期間精神疾患に苦しんだ形跡は少なく、最初から裁判を逃れるための演技だったという説を後押しする材料にもなっています。

一方で、精神疾患は回復することもあるため、その後普通に生活できたことだけを理由に演技だったと断定することもできません。

つまり現在では、「本当に精神を病んでいた」「東京裁判への抗議として狂人を演じた」「精神的ショックによる一時的な錯乱だった」という三つの説が有力視されており、歴史研究者の間でも意見が分かれています。

決定的な証拠は存在せず、大川本人の真意も明確には語られていません。

そのため、この事件は東京裁判最大の謎の一つとして今なお多くの人々の関心を集め続けています。

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