2000年代初頭のケニアの地方部では道路事情が極めて悪く、大雨が降れば道路は泥沼となり車は立ち往生、病院へ向かうことも、学校へ通うことも簡単ではありませんでした。
ケニアの人々の命や未来を奪っていたのは、病気や貧困だけではなく、道路がないことそのものも問題だったのです。
中国を救世主と信じたケニア…最後に国を救ったのは1人の日本人だった
そんな状況を変えるため、2000年代後半、ケニアは大規模なインフラ整備へ動き出します。
そこで現れたのが中国、巨大な重機が並び、昼夜を問わず工事が進む光景は圧巻そのもので、ナイロビとティカを結ぶ大型道路建設は国民に希望を与えました。
「これでケニアは変わる」「中国こそ救世主だ」メディアも連日称賛し、人々は明るい未来を信じていました。
その頃、一人の日本人技術者がケニアにやって来ます。
道路維持管理の専門家、西林氏です。
しかし彼が持ち込んだのは、最先端技術でも巨大重機でもなく「土のう」でした。
現地では「中国は高速道路を造っているのに、日本は土のうか?」と、失笑する声すら上がります。
それでも西林氏は「道路は完成してからが本番なんです」と、語り続けました。
その言葉に耳を傾けたのが、土木を学んだ一人の若者です。
彼も当初は「そんな古いやり方で何が変わるんだ?」と、懐疑的でしたが、大雨の中で西林氏は、泥だらけになりながら排水溝を掘り始め「ここを見てください」と、指差した先には小さな水たまり、「皆さんはただの水たまりだと思うでしょう。でも道路はここから壊れ始めるんです」、立派な道路を造ることばかり考えていた人々に対し、西林氏は守る技術を語ります。
「自分たちの国の道路を、自分たちで守れるようにならなければ意味がありません」その言葉は若者たちの胸に深く刻まれました。
若者たちは地域へ戻り、土を調べる、排水を確認する、地域ごとの条件に合わせて工夫するなど、道路の維持管理を始めます。
一方で、中国が建設した大型道路は華々しく開通、国中が歓喜し日本の支援は忘れられていきました。
しかし2015年、ケニアを記録的豪雨が襲い状況は一変、洪水と土砂崩れが各地で発生し、多くの道路が被害を受けました。
その中で、中国が建設した道路では排水機能の問題が表面化し、一部区間で大きな損傷が発生したと伝えられました。
一方で、若者たちが維持管理を続けてきた道路は大きな被害を免れ、人々はそこで初めて気づく事になったのです。
本当に必要だったのは、泥だらけになりながら排水を教えた日本人技術者、その背中を追いかけた若い技術者たち、彼らが残したのは道路ではなく自立する力だったのです。
誰も見ていない場所で土を積み続けた一人の日本人、その小さな行動が、やがて国を支える大きな力ちなり、そしてその力は今もなお、ケニアの未来を支え続けているのです。
あわせて読みたい|マタイク(mataiku)